幽霊姉妹
- 640 名前:@ :2006/05/24(水) 13:49:33 ID:iAOQhzDV0
- カップに口をつける。口の中いっぱいに広がる紅茶の香り。
夕食後の穏やかなひと時。
「おっと」
中身をこぼさないように気をつけながら、カップを上に上げる。
一瞬前までカップのあったところを、枕が通り過ぎる。
枕だけではない。椅子、食器、掃除機、辞典などなど、さまざまな物が
部屋中を飛び交っている。そう、文字どうり飛んでいるのだ。
僕がこの部屋に越してきて、一週間。ラップ現象から始まり、ついには、
ここまで発展したか。ポルターガイスト。
上半身を軽く仰け反らせる。目の前を、びゅうん、と時計が通り過ぎる。
時刻は、十時を指していた。僕は、残りの紅茶を飲み干す。
「・・・少し早いけど寝るか」
「なんでええええぇぇぇ〜〜〜〜!!!」
いきなり、大声が部屋中に響く。──近所迷惑だよなぁ。
声がした方したほうを見てみると、そこには可愛いが顔をした女性が、目を険
にして、立っている。
恐らく、彼女がこの部屋の主だろう。
- 641 名前:A :2006/05/24(水) 13:51:01 ID:iAOQhzDV0
- 「あんた、おかしいんじゃない?何で無反応なのよ!?」
・・いきなりおかしいやつ扱いされた。まあ、いいや。慣れてるし。
「こんだけやってんだから、泣いておびえて震えなさいよ!」
「・・いや、そんなこと言われても、ねぇ。僕こういうの結構慣れてたりするし」
「・・慣れて、る?」
「うん。だから、この位じゃ、驚いたりはしないよ」
僕は、少し余裕を見せるように、両腕を広げながら言った。その時、
つん
と、いきなり、誰かにわき腹をつつかれた。
「うわあ!?」
不意打ちだった。思わず声を上げてしまいましたよ。
「なんだ、驚くじゃないですか」
冷めた声。振り向くと日本的な可愛い、しかし、声と同様に冷めた表情の女の子。
──二人いたのか・・・
僕に目をくれず、スタスタと最初の幽霊の前に行く女の子。
並んでみると、二人は雰囲気は多少違えど、顔は似ている。姉妹かもしれない。
「姉さん、声大きすぎです」
──やっぱり姉妹か。
「だって、深雨(みう)、あいつ、むかつくんだもん」
妹のほうは、深雨ちゃんというらしい。むかつかれたことはスルー。
「気持ちはわかりますが、近所迷惑です。」
やっぱり、冷めた声の深雨ちゃん。てか、気持ちわかるんだ・・・。
- 642 名前:B :2006/05/24(水) 13:51:49 ID:iAOQhzDV0
- 「それは、さておき・・・」
いいながら、深雨ちゃんがこちらを向く。
「おめでとうございます」
「?」
「新記録です。一週間逃げ出さなかったのは、お兄さんが初めてです」
「・・・・・どうも」
「まあ、この先もがんばってせいぜい頑張って下さい」
「・・・・」
「絶〜っ対に意地でも怖がらせてやる」
横でお姉さんが嫌な決意を燃やしている。
「ん〜、君みたいに可愛い幽霊なら怖くないからね。難しいと思うよ?」
「へっ・?・・か・・かわ・・・?」
とたんに、きょとんと毒気を抜かれたような顔になる。が、見る見るうちに赤くなり
「ふ、ふざけないでよ!!!!」
と、起こって消えてしまった。
「うーん、怒らせちゃった」
「それは違いますよ」
「?」
「お兄さんが可愛いとか言うから、姉は照れたんですよ」
「そうなの?」
「ええ、姉は男の子慣れしてませんから」
「・・・・深雨ちゃんもすごく可愛いよ」
「ありがとうございます」
まったく表情を変えず、ぺこりとおじぎをする。深雨ちゃんは男なれしてるということか・・?
どうみても、十代前半の少女なんだが・・・・
「では、そろそろ寝ますか」
「・・・そうだね」
- 643 名前:C :2006/05/24(水) 13:52:26 ID:iAOQhzDV0
- 次の日の朝、寝室(なんと、うちは六畳三部屋、家賃一万円!!)からおきてリビングに入った
ところ、僕の鼻は、普段はありえない匂いを嗅ぎ分けていた。
それは、食卓にのる朝食の香り。
「えー・・・・と・・??」
一瞬実家にいるのかとも思ったが、どう見ても自分の部屋だ。
「食べないんですか?」
「うわあ!?」
いきなり後ろから声をかけられた。深雨ちゃん、まったく気配ないし・・・・
「また、驚きましたね」
「う、うん・・それより、これ、僕が食べてもいいの?」
「他に誰が食べるんです?」
さも、当然のように言ってくる深雨ちゃん。なんか、状況がつかめないんですけど・・
「よっぽど、お兄さんに可愛いといわれたのが嬉しかったみたいですね」
「はあ・・・それじゃ、せっかくだし、いただきます」
「どうぞ」
僕は久しぶりに満たされたおなかで大学に行った。
- 644 名前:D :2006/05/24(水) 13:54:32 ID:iAOQhzDV0
- 学校から帰ってくると、お姉さんが食卓でぼうっと、頬杖を付いていた。
僕は、とりあえず、朝のお礼を言おうと近づいた。
─瞬間、僕の体が、一気に天井まで浮かびあがった。
見下ろすと、期待に満ちたような目で見つめるお姉さん。
「・・・・ただいま」
「あ〜!もうっ!!!」
乱暴に地面に落とされた。結構、痛い。
「おびえてよ!」
「いや、そんなこと言われても・・だから、僕、こういうの慣れてるし」
「どんな人生送ったら、慣れるのよ!」
「いや、僕、遺伝なのか、昔からよく見えちゃったりするほうだったから」
「・・・遺伝?」
「ああ、親父が見える人でさ。若い頃、事故で亡くなった恋人の霊と暮らしてたことがあるんだって。
幽霊とキスしたって、自慢していたから」
「あ、あたしはキ、キスなんかしないからね」
なんか、赤くなるお姉さん。てか、論点ズレてない?
「まあ、そんなことよりもさ」
「うん?」
「朝、ご飯ありがとね」
「なっ!」
「朝起きて驚いたよ。想像もしてなかったから」
「だ、誰があんたのためなんかに!!」
そう言ったきり、少しの沈黙。
「・・あっ・・・いや・・なんでもない」
お姉さんは何かを言いかけたが結局何も言わずに、すうっと消えてしまった。
- 645 名前:E :2006/05/24(水) 13:56:21 ID:iAOQhzDV0
- 「騒がしい姉ですね」
「・・・・そうだね」
またも突然表れた深雨ちゃんは「つまんないです」とつぶやいた。さすがに三回目なので、
この子の神出鬼没にも慣れてきた。ちょっと、優越感。
「ねぇ、お姉さん、最期になにをいいかけたのかな?」
「わたしは、姉の通訳ではありませんよ」
「まあ、そういわずに」
「・・・そうですね、料理の感想を聞きたかったけど、照れて聞けなかったってとこでしょう」
──ああ、確かに。考えてみれば、僕もありがとうとしかいっていなかった。食事を出してもらって、
『おいしかった』を言わなかったのは、われながら非常識この上ない。
「じゃあさ、伝言してもらえる?」
「いいですよ」
「朝食は、すごくおいしかった。とくに、卵焼きが最高だったって」
「わかりました」
また次の日
朝起きてみると、リビングにはいい香り。
食卓を見ると、昨日は二つだった卵焼きが、三つに増えていた。
どーでもいい追記
この後、食卓につこうとした僕の椅子を、気配無く忍び寄った深雨ちゃんに引かれた。
無様に転がる僕を見て、初めて深雨ちゃんが少し笑った気がした。
まぁ、それだけ。