孤島の大量殺人鬼

175 名前:本当にあった怖い名無し :2006/04/26(水) 02:16:54 ID:Z0sZB7TN0
私は名探偵南子。
今、大学時代の友人五人と、孤島にあるという洋館にクルーザーで向かっている。
知り合いが相続することになったその屋敷は、もう数十年も使用されていないという。
その理由は明らかではないが、オカルト話に目のない友人たちは様々な想像を巡らした。
そして、実際訪ねてみるという計画がまとまるまで、そう時間はかからなかった。

「楽しみだねっ!やっぱり幽霊とか出るかなっ?」
波風に負けずにはしゃいでいるこいつの名は…いや、別にいいだろう。私と共にそんな
いかにもな場所に行くということは、こいつは殺人事件の被害者になるか、犯人に
なるかの二者択一。ほかの四人に関しても同様だ。説明するのがめんどくさい。

「ねえ、南子ちゃんは幽霊って信じる?」
ああやかましいくだらない貴様を犯人にしちまうぞボケが。
「…多くの体験例があるからな。一概に否定はできない。今のところは脳の問題だと
思っている」
「あははー!南子ちゃんらしいね!もし自分が見ちゃったらどうするっ?」
「死ぬ」
「ど、どうしてっ?」
「私は自分の脳を疑ってまで生きていたくはないからな」
「あはははは!極端すぎっ!」

うぜえ。ほかの四人は引いてるっていうのに。そっちのほうが正常だ。なにしろ
「なにか」を見に行こうという旅行でもあるのだ。なんであんたがここにいる?
といった表情。

バカどもが。
名探偵は、おいしいシチュエーションは逃さないんだよ。

176 名前:本当にあった怖い名無し :2006/04/26(水) 02:18:30 ID:Z0sZB7TN0
島に着くころには暴風雨になっていた。
日帰りするという選択肢はこれでなくなった。
これが名探偵たる所以だ。自分の才能がときどき怖くなる。

その洋館は十角形でも傾いてもいなかったが、重厚な造りで、ミステリースポットと
してはなかなかの雰囲気があった。
柱や扉に刻まれた実用性皆無の紋様からは、上流階級の歪んだ美意識がうかがわれた。

「うわ…すごい…」
「これはいいね」
「はやく中に入ろうよ。寒いし」
「すいませーん!すいませーん!」
ガンガンにノッカーを叩きつけるバカ約一名。誰もいねえっつってんだろ!
「鍵は私が預かってるから…」
と、バッグを漁っていると。

ぎいぃ…

悪趣味な扉が開いていく。

「あ、開いちゃった」
「無用心だね」
「ちょ、おかしくない?」
「鍵、壊れてたんだよ、たぶん」
隙間から覗く暗闇に、五人はとまどっている。誰一人、足を踏み入れようとしない。
不安と、気休めの言葉が交錯する。

はいキタコレ!んー、いいですかー。私たちのほかに停泊している船は見当たりません
でした。ここに誰かがいるというのは不自然なんですー。んー?

177 名前:本当にあった怖い名無し :2006/04/26(水) 02:19:49 ID:Z0sZB7TN0
「な、南子ちゃん、どうしたの?」
はっと気付き、私は眉間から指を離した。ちょっとあっちの世界にいってたみたいだ。
「いや。誰かいるのかな、ってね。考えてた」
「それなら、もう出てきてもいいころじゃないの?」
「さあね。もういないのかもしれないし。こんな所、泥棒され放題だろうし」
「そ、そっかー。だから鍵壊れてたんだね」

ひとまずの解答を与え、一同を安心させる。
バカが。私がここにいる以上、そんなありふれた理由はありえない。どんな伏線か、
楽しみにしとけ!

一階ホールは闇に包まれていた。
目をすがめ、ようやくのことで燭台を発見することができ、ライターで火を灯す。
ぼうっとオレンジの淡い光が浸透していく。

正面に階段があり、踊り場には大きな肖像画がある。吹き抜けの二階部分には、左右に
扉が二つずつ。一階には合計六つの扉があった。
こんな離れ小島では来客もなかっただろうに、なんだこのムダな広さは?それに――。

「うっわー、足が沈む!なにこれっ?クツ脱がなくていいのかなっ?」

ああいい絨毯だよ一平方メートル百万はするだろうよ脱ぎたいなら脱げバカ野郎。
だから考えごとのジャマをするな。

「きゃああああっっ!?」
「いやあっ!なに、今の!?」

突然悲鳴が響いた。
見ると、叫び声をあげた二人が抱き合い、座り込んでいる。


178 名前:本当にあった怖い名無し :2006/04/26(水) 02:21:13 ID:Z0sZB7TN0
「どうした」
「む、むこう…あそこに、ひ、人が…」
震える指で、階段下の扉の辺りを指し示す。
「ふうん。どんな」
「え、よくは見えなかったけど、真っ黒の服の、タキシードみたいな…」
「へえ」
私はライターを片手に、問題の人物のいたほうへ行ってみることにした。

「ちょ、や、やめたほうがいいよ!」
「あ、あれ絶対、ゆ、幽霊だよ!」
…貴様らはそれを見に来たんじゃないのか?

「あのな、ここ、おかしいと思わないか?」
「おかしいよ!やばいって!」
「ちがう。聞いた話では人が住まなくなってだいぶ経つことになってる。そのわりに、
手入れが行き届きすぎてる。こうなると誰もいないほうがおかしいよ」
「でも…あの、あの人?消えた?みたいな…」
「服装聞く限り、危ない人間とは思えないね。悪戯好きかもしれないけど」

バカ話につきあってられるか。
私は五人をホールに残し、謎の人物の探索に向かった。

「誰か、いるか?」
各所の燭台に火を灯しながら、声を掛けていく。我ながら陳腐だと思う。なんらかの
思惑があって出てこないのだろうから、ムダな台詞だとわかっている。だがほかに
いい言葉が見つからない。

179 名前:本当にあった怖い名無し :2006/04/26(水) 02:22:32 ID:Z0sZB7TN0
「――誰か…?」

(――また……………)

耳元の声に、ばっ、と振り向く。
そこには誰もいなかった。

「幻聴…?この私が?」
信じたくはない。信じたくはないが。吐息さえ感じられたというのに。

(――そのような……)

幻聴じゃない!
私は振り向き、そして

(――またそのような格好で!)

そして、気を失った。



苦しい。息ができない。
苦い。口の中が。
硬い。頬に当たるこれは――

食堂の床だった。
私は、そこに倒れていた。苦しさに舌を出していたらしく、本来舐めるものでない床を
味わう羽目になっていた。

180 名前:本当にあった怖い名無し :2006/04/26(水) 02:23:40 ID:Z0sZB7TN0
「く…畜生…っ!」
身を起こそうとするが、腹部の圧迫感が凄まじく、なかなかうまくいかない。
殴られたか、それとも刺されたか。慎重に、現在の状態を確認する。
異常はすぐに判明した。

「なんじゃこりゃああああああ!?」

いやまじで。
なにこれゴスロリってやつ?そうあれよ、フリフリの。
なんでこんなの着てんの?

近くに自分の服が見当たらないので、しかたなくそれを着たままホールに戻ることにした。
いい物笑いの種になるだろうが。
精一杯の言い訳を考えつつ、ホールの扉を開いて。そして考え抜いた文句が必要なかった
ことを知る。

五人分の半裸の死体が、そこにあった。

私はさすがに呆然とした。
いきなりだろ。いきなりすぎるだろ!一気に全員ってどういうことよ?
クリスティーもびっくりするよ!一日に一人ずつがお約束だろ!そんでみんな疑心暗鬼に
なってくのがセオリーだろ!ムチャすんなよ!

とりあえず驚き終えて、探偵らしく死体を検分する。
「コルセット…?」
五人が全員それを着用しようとしてあきらめたような形跡がある。というより、これは
無理矢理に締め上げられた様子だ。おそらく、死因はそれだろう。
私は自分のお腹をさすった。
超絶スタイルを誇る私のウエストでも限界なのだから、このブタどもに耐えられるはずが
ない。
「なるほど、いい度胸だ。この私も標的にしたのか…

181 名前:本当にあった怖い名無し :2006/04/26(水) 02:24:40 ID:Z0sZB7TN0
許せないね。身の程知らずが。思い知るがいい、世の中には手を出してはいけない領分が
あるということを!
私は入り口へと走った。
とりあえずだ。とりあえず今は見逃してやる。だって怖いもん!こんなの私初めて!

ガチャ。
「ん…?」
ガチャガチャガチャ。
「あ、開かない!?」
全体重を乗せても、扉は微動だにしない。

(――どちらに行かれるのですか、お嬢様)

「バカ野郎、外に決まってるだろ!」
ん?おまえ誰?という疑問と同時に平手打ちを喰らい、尻餅をつく。
見上げると、そこに黒服の男が立っていた。

「やっぱりいたな、タキシード。これは貴様の仕業か」
ぱしっ。
言ったとたんに、平手打ちを喰らう。
「な、なんなんだって!ちょ、お、お話しようよ?いた、痛いって!」
(嘆かわしい。この近藤、お嬢様のそのような言葉使いは聞くに堪えません)
「誰がオジョウサマかっ!いた、わか、わかりました!これでよろしくて?」
(…まあ良いでしょう)

畜生サイコ野郎め。ここ出たら覚えてろ、一生ム所から出られないようにしてやる。

182 名前:本当にあった怖い名無し :2006/04/26(水) 02:25:52 ID:Z0sZB7TN0
「…それで、キサ…あなたの目的は何なのです?」
(ご質問の意味がわかりかねます)
「私の友人を殺したでしょう?」
(不法侵入者がおりましたので、始末いたしました)
「…外の空気を吸いたいのだけれど」
(それはなりません。絶対に)
「…………」
黒服はじっとこちらを見つめている。

「あなたは、どなた?」
(……執事の、近藤でございますよ。お忘れですか。また何かのお遊びで?)
「こんどう?」
(はい)
「しつじ?」
(さようでございます)

なるほどサイコだ。
つまりこいつは「おじょーさまとしつじごっこ」がしたいわけだ。
それでこの超絶美形の私をお嬢様役に選んだわけだ。審美眼は確かだが、そのために五人も
殺すのはイカれてるというほかない。
足音を立てない身のこなしといい、瞬時に意識を奪う技といい、まさにナントカに刃物だ。
逆らうのは得策ではないだろう。

183 名前:本当にあった怖い名無し :2006/04/26(水) 02:26:54 ID:Z0sZB7TN0
じゃあ、付き合ってやるよ。貴様が隙を見せるまでな。
私はすうっと息を吸い込んだ。

「ばあとらああああああ!!」

絶叫がホールにこだまし、近藤はびしっと直立不動する。

「お腹が空いたわ。お食事の用意をしてくださらない?」
(かしこまりました……お嬢様!)
きらきらと目を輝かせて、近藤は掻き消えた。

ああー、楽しいんだろうなあ。待ってたんだろうなあ。こういうの。犬みたい。
でもあれどうやってんだろ?忍者かな?凄いとは思うけど変態だね。さすがサイコ野郎。


――島に来てからから何日経ったのか、判然としない。
意外とお嬢様ごっこがツボにはまり、堕落した生活を送っている。
だってさあ。なんにもしなくていいんだもん。超ラクチン。ご飯は豪華だし。
もうここ出なくてもいいかも。
不満がないわけではないけど。

「あの、ね。近藤?」
(なんでしょう、今、手が離せませんので…あ、右脚をこちらに)
「下着くらいは、自分で着けたいのだけれど」
(お嬢様のお手を煩わすことを、この近藤、看過できません)
「そ、そお……」

この完璧主義には、ちょっと、ね。

次回、名探偵南子。孤島の大量殺人鬼解決編に続かない。