死にたい

153 名前:本当にあった怖い名無し :2006/04/25(火) 00:18:08 ID:JsBvGefO0
1/5
暖か味を帯びた風が僕の頬を撫でる。
3mほどのフェンスに囲まれた病院の屋上。
時折、真っ白なシーツが風にはためく音が聞こえる。
僕はここに入院している。
重い病気ではないと言われているが、もう2年になるかな。

ふっと僕の視界の端に人影が写り、そちらへ視線を向ける。
そこには髪を腰辺りまで伸ばした女性が空を眺めていた。
空色のワンピースに白のカーディガンを羽織っているところを見るとお見舞いに来た人かな。
僕の視線に気づいたのか、女性がこちらを向く。
「こんにちは」
僕は女性に挨拶をしたが、女性は周りを見渡す仕草をする。
今のところ、屋上には僕と女性しかいない。
「……わたしが、見えるのね」
不思議な事を言うと、女性は僕の方に歩み寄る。
触れる事のできる距離まで来ると、僕の身体に手を伸ばす。
「え?ちょっ――!」
突然の事に戸惑う僕に構わず、女性の手は僕の身体に……触れなかった。
スッと抵抗も無く身体の中に入っていく。
目を白黒させて驚く僕、いたずらっぽく笑みを浮かべる女性。
突如、ゾクリと総毛立つ感覚に襲われて身体が震える。
「一般的に言う幽霊ってやつなのよ、わたし」
女性の手が引き抜かれ、ふふっと女性が笑う。
僕は全身に冷や汗をかき、動悸が激しくなる。
「あら、ちょっと驚かせすぎたかな」
「……少し驚いたよ」
「少し、だけ?」
女性が不満そうに僕の顔を覗き込む。
正直、かなり驚いたが口に出したくはなかった。

154 名前:本当にあった怖い名無し :2006/04/25(火) 00:19:01 ID:JsBvGefO0
2/5
「まぁ、いいわ」
くすっと笑い女性が身を引く。
僕は内心、動悸を抑えようと必死だった。
「あなた、よく屋上に来てるよね?」
「ん?ああ、自由に外に出られないから自然とここに、ね」
苦笑しつつ返した言葉に女性はバツの悪そうな顔をする。
「……まさか、自殺とか考えてないよね?」
「自殺は考えてないけど、死にたいとは思ってるね」
「……」
女性が難しそうな顔をする。
僕は肩をすくめて、
「そんな顔しないでください。きれいな顔が台無しですよ」
「な、なに言ってるのよ!」
女性が突然大きな声を出し、そっぽ向く。
「ご、ごめん、気に障る事言ったかな」
僕は慌てて取り繕う。変な事言ったつもりはないんだけど。
女性はそっぽ向いたまま視線だけをこちらに向けてしばし止まる。
そして大げさに溜息をつく。
「あなた、空気が読めてないとか言われない?」
「空気?マイペースってよく言われるけど……」
「ああ、もういい、わかった」
女性が呆れたような顔をして頭を振る。
「話は戻るけど、死にたい、なんていうもんじゃないよ。
 世界には生きたくてもできない人はたくさんいるんだからね」
僕の目を真っ直ぐ見つめ、諭すように言う。
「わたしだって、本当は……」
「君は―――っ!」
身体に痛みが走り、『どうして』と言葉を続ける事ができなかった。

155 名前:本当にあった怖い名無し :2006/04/25(火) 00:21:15 ID:JsBvGefO0
3/5
発作だった。
鈍痛に視界が狭まるような感覚、僕は平衡感覚を失いフェンスにもたれかかる。
この時間に起こるのは初めてだった
「ちょ、ちょっと!どうしたの!?」
僕の状態にオロオロする女性が映る。
「ねえ、わたしの所為なの?」
『違う、いつもの事だから』
だけど言葉は出ない。僕は首を横に振る事しかできなかった。
「大丈夫ですか!?」
別の方向から声が掛かり、誰かが駆け寄ってくる音が聞こえる。
その時、僕の前にいた女性の姿は消えていた。

僕は目を覚ました。見慣れた天井が映る。
射し込む夕日が個室を淡い色に染めている。
発作の後、気を失ったらしい。
窓を背に女性が心配そうな顔をしている。
「そんなに重いの?あなたの病気」
「よく分からない……今まで治療を続けてるけど、治る見込みはなさそう。
 最初の頃よりも悪くなってる感じだしさ、家族には迷惑かけるだけで、ほんと情けないよ」
僕は自嘲気味に笑い言葉を続ける。
「ごめん、心配かけたみたいで」
「べ、別に心配なんてしてないわよ!
 ただ、わたしの所為だったら寝覚めが悪いから確認しただけ!」
「寝覚めって……幽霊でも寝るんだ」
ぐっと女性が言葉に詰まる音が聞こえる。
「こ、言葉の綾よ。細かい事は気にしないの!」
女性の態度に自然と笑いが出てきた。
憮然とした表情だった女性も笑みを浮かべる。

156 名前:本当にあった怖い名無し :2006/04/25(火) 00:23:27 ID:JsBvGefO0
4/5
「きれいだ……」
「え?」
僕は微笑む女性をまぶしそうに見つめ呟いた。
ちょうど夕日を背にした女性は幽霊とは思えない暖か味を帯びていた。
それはまるで、
「天使みたい」
「なっ!」
女性が驚いたような表情に変わる。
「ば、ばかな事言わないでよ。褒めたって何も出ないわよ」
「幽霊からなにか貰おうなんて思ってないよ。むしろ取ってほしいくらい」
「……本気なの?」
僕は女性を見つめ、頷く。
「そう……」
女性は一言呟くと僕の前から消えた。

夜、僕は痛みと共に目を覚ます。
やっぱり薬の効き目が弱くなっている。
昼よりも痛みは小さく、治まるまで耐えれるだろう。
その時、額にひんやりとした物が触れる。
目を開けると、女性が僕の額に手をかざしている姿が映る。
「こんばんは」
女性に声をかける。
「痛むの?」
女性が顔を覗き込むように訊いて来る。
「少し、ね。前よりも酷くはないから大丈夫だよ」
「そう」
短い返答の後、沈黙が続く。女性の手が気持ちいい。

157 名前:本当にあった怖い名無し :2006/04/25(火) 00:25:04 ID:JsBvGefO0
5/5
「ねぇ、本当に死にたいの?」
「……うん、自分勝手だとは思うけど、本心だよ」
僕の言葉に女性の身体が僅かに震えた。
額の上にあった手が退けられ、女性が顔を近づける。
「後悔、しないでね」
背筋の凍るような声で耳元に囁かれた。
さっきまでベッドの横に立っていた女性が馬乗りのように僕の身体の上に現れる。
そして心臓マッサージをするかのように僕の胸の辺りへ手を移動させる。
女性は一呼吸置いてから、手を僕の身体の中へ沈めていく。
ビクっと僕の身体が震える。
「い、痛いのはちょっと」
「文句言わないで、わ、わたしも初めてなんだから」
女性の声が上ずっている。表情も真剣そのものだった。
僕は苦笑しつつも歯を食いしばる。
程なくして痛みが和らぎ、代わりに全身の力が抜けていくような感覚に襲われる。
『おやすみなさい』
僕の意識が無くなる直前に女性の声が聞こえた気がした。

今、僕は幽霊として家族のそばにいる。
女性曰く、
「そんな未練たっぷりじゃ、あの世に行けないじゃない。
 家族を見守るとかして、未練を無くしなさい」
それから少し顔を赤らめ、
「成仏できるようになるまで、待っててあげるから。
 サボらないように見てるんだからね、ちゃんとしなさいよ!」
女性からあの世に行く道連れがほしかった、と後になって告白された。
そんな訳で女性に突っつかれながら、守護霊生活を送る事になりました。

終わり〜