彼女が拾った、落し物

80 名前:どん兵衛 :2006/04/22(土) 20:29:09 ID:QrrryoVq0
彼女が死んだのは、去年の夏のことだ。そして今年も、その夏が来る。


【彼女が拾った、落し物】


俺はある場所に向かって車を走らせていた。

――あれは去年の夏のこと。彼女と、ある海へ行った。海水は透き通っていて、砂浜は白くて、しかしそんな絶好の場所だと言うのに、人の姿はない。所謂、穴場、と言うやつだ。
子供の頃、親父に連れてこられてから、俺はその海が気に入っていた。だから、自分に最も愛すべき存在が出来た時に一緒に来ようと思っていた。そうして一緒に行ったのが、由衣だった。
そこで俺たちは約束を交わしたんだ。来年の夏も、一緒に来よう、と。
だが―――あの海から戻って直ぐ、由衣は交通事故で亡くなった。約束は、いとも簡単に破られたのだ。

しかしまぁ、なんだ。男らしくもなく俺は未練タラタラで、加害者の手によって破られたその約束をただの自己満足の為に果たそうと、こうして車を走らせているわけだ。
少し家を出る時間が遅かったか、海には夕日が顔を出している。それはもう綺麗に輝いていて、去年の夏、彼女と一緒に見た夕日を髣髴とさせた。

夕日を何度か横目で捉えつつ、車を走らせること十分とちょっと。漸く、去年車を止めていた場所が見えてきた。
その時から、不思議な感じがしていた。まるで、助手席に由衣が乗っているような感じがしていて、そして、去年と全く同じ風景を見ている気がして。時間は違う筈なのだが、何故だろうか。まぁ不思議がってても仕様がない。
俺は駐車出来るスペースまで車を走らせ、そしてエンジンを切った。やはり不思議な感覚に囚われつつ、ゆっくりと車を降りて砂浜を見る。
何も変わっちゃいない。そりゃあ、一年しか経ってないんだから、そうか。本来なら、今日隣に居るのは由衣の筈なのだが、隣に存在するのは、ただの空虚。ぽっかりと穴を開けられ、存在を失った俺の隣の空間がただ、泣いているようにしか見えなかった。
いやいや待て、センチなことを考える為に来たわけじゃない。俺は頭の中でそう呟いてかぶりを振って、歩き出す。砂浜を踏みしめ、一歩、また一歩、と歩くたびに、柔らかな砂に靴底が飲み込まれる。いっそこのままここで溶けてしまえたら、とそう思ったが、
いやいや待て、そんなマイナスな事を考える為に来た訳じゃない、と今度はそう呟いて、軽く自分の頬を叩いた。

81 名前:どん兵衛 :2006/04/22(土) 20:30:02 ID:QrrryoVq0
波の近くまで行き足を止め、ふとあることを思い出す。
「あぁ…確か、そうだ…」
この浜辺で、指輪を落とした。由衣にあげる為に用意した、綺麗な指輪。驚かせるつもりで隠していたのだが、何時の間にか落としてしまっていて、いい物をあげよう、とどーんと胸はってポケットを探ったときには、もうなかった。だが、
そんな情けないこと彼女には言えなくて、代わりにキスをあげた。それで彼女は嬉しそうに、
でも恥ずかしそうに笑っていた。その笑みが、今でも忘れられない。忘れられるわけがない。
今あの指輪は何処へ行っているのやら。砂に埋もれているか、はたまた波に乗って何処か遠くの国に流れ着いて、それを可愛い女の子か誰かが拾ったか。―――って、んなロマンチックなことあるわけないか。
俺は一人苦笑した。傍から見ていたら、ただの精神異常者だ。危険人物だ。俺なら絶対近付かない。
「はーあ…俺、ただの馬鹿じゃん」
思考を一巡りさせたあと、溜息吐きつつ呟いた。―――と、そのときだ。俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。微かに、だが、確かに。
「…ト…」
「……今、聞こえた」
「ユ…ウト」
―――由衣。
頭の中で、誰かが囁いた。
「由衣…由衣、なのか!?」
「相変わらず、貧相な背中ね」
この言い草は、間違いなく由衣。声は俺の背後から聞こえてきた。だから振り向こうとしたんだが、声だけの由衣が、俺に制止を掛けた。
「振り向かないで。振り向いたら、殺すわ」
「いきなりかよ…物騒だなぁ…振り向くぞ」
「こ ろ「判りました」
どうやら本気なようなので、素直に背を向けたままでいることにした。殺されるのはマズイ。何がマズイって、この由衣という俺の彼女、かなりSだから、殺し方が惨殺そうだからだ。綺麗な浜辺を、俺みたいな奴の血で汚したくはない!!―――って、自分で思って泣けてきたorz

82 名前:どん兵衛 :2006/04/22(土) 20:30:54 ID:QrrryoVq0
まぁそんなことは置いといて、由衣は呆れたように溜息を吐いた。
「まるで変わりなし、ね」
「うっせ。折角約束守りに来てやったってのに」
「私だって、超格好いい天使様に頼んで、ここまで運んで貰ったのよ。約束の為に」
前の台詞は嘘臭いとしてスルーするが、彼女も約束を果たしに来てくれたのか。と言うか、覚えていてくれたのか―――嬉しい。涙が出そうだ。いや、これもう出てる。
俺は涙を拭いつつ、言葉を発する。
「えぐッ…お前も、うッ…約束の為に?」
「気持ちわるッ!泣いてんの?」
「な、泣いてなんかいねぇやい!」
「その台詞もまた気持ち悪いわね。あんた、アニメオタクとかになってないでしょうね?」
「なってねーよ。アニオタなんて。俺はネトゲオタだ」
「結局オタクかよ」
一通りボケツッコミを交わし終えると、これまた深い呆れた溜息を吐く彼女。何もそこまでふっかーいため息吐かなくても。泣きそう。いや、泣いてんのか。
「話戻すけど、そうそう、約束の為にわざわざ出てきてやったのよ」
「わざわざって何だよ。漢字使えよ。態々、くらい漢字にしたって…」
「これ以上ボケとツッコミ交わしたところで話進まないでしょうが!ていうか、他に投下する職人さんに迷惑掛かるでしょ!?ちょ、コイツ長すぎね?とか言われるでしょ!?」
「て言ってるお前の台詞が一番長いよ」
言えば、由衣はむぐぐ、と押し黙った。よし、俺の勝ちだ。これで、えっと…ボケツッコミ勝敗は百戦中俺が九十敗で…って結局負けてるじゃねーか。
「…もういい?地の文にまでツッコミは入れないし、本当終りそうにないから言うわよ」
「ごめん、どうぞ。スペースまだあるから」
「はぁ…。ちゃんと約束は覚えてたの。忘れるわけがないでしょ、あんなことされて」
あんなこと―――あぁ、あれ、か。
「キス?」
「ばッ…何ッ…あーそうですよ、それですよ、それ、キス、口付け、接吻!どれだけ恥ずかしかったか!」

83 名前:どん兵衛 :2006/04/22(土) 20:31:51 ID:QrrryoVq0
「でも、笑ってた。それが、俺は嬉しかった。今でも忘れてないぞ、お前の笑顔」
「あんたは何恥ずかしいこと平然と…!」
「大好きだった――否、今でも大好きだ、愛してる。本当は、今日ここに来るときお前も隣に居るはずだった。なのに…なのにッ…」
止まりかけていた涙が、また溢れ出した。見っとも無い。そう思うが、どれだけ拭っても涙は溢れ出るばかりで止まってくれやしない。
さっきはふざけていたけれど、一言一言を聞く度、彼女の笑顔が浮かんでいたんだ。笑顔だけじゃない、喜怒哀楽、全ての感情が浮かんでいた。一緒に居た時に見せてくれた、全部の感情。今だって、背後でどんな顔しながら言ってるのか想像すると、それだけ嬉しかった。
そう嬉しい―――でも、涙が止まらない。これは、悲しくて。
「俺は、まだ一緒に居たかった…一緒にまた、この浜辺で海見て、夕日…見て、そんで…ッ」
「今、一緒に見れてるじゃない。この綺麗な夕日」
「でもお前はッ!お前は隣にいない!抱き締められない、触れない見れない!それでどうやって…どうやって一緒に見てるって思えるんだよ…!」
言い終えると、頭に鈍い衝撃が走った。何かで頭を殴られたようだ。しかし痛い。シリアスな場面が台無しだ。
「私はねぇ、あんたのそう言うウジウジしたところが嫌いなの!私は一緒に見てると思ってるわ!?だってそうでしょ?私は今、ここに居るんだもの。姿は見せられないけど、あんたの後ろに、あたしは確かにいるの!それとも何?私が…私が幽霊ってだけで
存在を否定するの!?やめてよね、そんな下らないこと。
んなのはね、オカルト否定者のところにでも行っていいなさいよ!」
(いや、もう既にここオカ板で、実際そう言う板立ってるし―――と言うツッコミは、シリアスなので喉の奥に引っ込めた。)
確かに、由衣は後ろに居る。気配を感じる。だからきっと居るんだ。でも…それだけじゃ足りない。見たい、彼女の笑顔を、感情を。

84 名前:どん兵衛 :2006/04/22(土) 20:32:39 ID:QrrryoVq0
「振り向いちゃダメか?」
「ダメ。振り向いたら、私は消えるわ。だから、お願い、振り向かないで。私もまだ、あんたと一緒にいたいんだから」
「由衣…」
「勘違いしないでよね!別に、私はいいのよ、私は。ただ、あんたの背中がまだ一緒にいたいよ〜って言ってるから、だからそう言ってあげただけよ!」
そう言う彼女の動きや、表情が、想像出来た。そうしたら、なんでか笑いが込み上げて来て、俺はぷ、と噴出した。
変わっちゃない。この浜辺も、夕日も、俺も、彼女も。何も、何一つ、変わっちゃ居ない。そして由衣は今、俺の後ろに居る。俺と一緒に後ろで夕日を見てる、きっと、顔を赤くしながら。
俺は、自分で飲み込めていたと思っていた感情を、飲み込めていなかったんだ。由衣が現れて初めて判った。俺は由衣の死を否定したかった。飲み込みたくなかった。心のどこかで、そう思っていたんだ。でも―――でも、
今由衣はそれを飲み込ませてくれた。あまりにもリアルな、感情を現してくれて。
「な、由衣」
「…何よ」
「俺さ、実は去年ここに来たとき、お前に渡したいものがあったんだ。でもさー俺ってお茶目だからなくしちまってさ、そんで…渡しそびれた。ごめん」
「はぁ、あっきれた。そんなんじゃ、この先彼女出来そうにもないわね」
笑いを含ませて、彼女は言った。それに釣られて、俺も笑った。何をなくしたのか、何を渡そうとしていたかも、もう言うつもりだった。だけれど、その前に彼女が口を開く。
「さぁて、夕日はまだ見てたいけど、もうあんたの気持ちの悪い背中見てるのも嫌になってきたし帰ろうかな」
「なんでだよ!まだ一緒に居てくれよ!」
言いつつ振り向こうとすると、また頭に鈍い痛みが走った。俺はそのまま頭を抱えて蹲り、ぶるぶると震え出す。

85 名前:どん兵衛 :2006/04/22(土) 20:33:42 ID:QrrryoVq0
「ごごご、ごめんなさい、もう殴らないで、本当記憶が…あ、蝶々が見える」
「地獄に突き落としてやろうかしら…。とにかく、そろそろ戻らなきゃいけないのよ、こっちにも色々と幽霊の事情ってもんがあってね」
「幽霊の事情なんて知るか。俺は…まだ一緒に居たいんだ」
「我侭ね。自己中ね。エゴイズムね。馬鹿ね、アホね、クズね。どうしても帰らなきゃいけないのよ。こっちに長い時間留まってるとね、色々と問題が起きるから。でもね、ユウト。一つ、ご褒美あげる」
「鈍器ならいらねぇぞ」
「本当、呪ってやろうかしら…。――私が、いいよ、って言ったら振り向いて。それまで、振り向いちゃダメだからね」
本当に、帰るのか。帰していいのか、俺。もう会えないかも、声聞けないかもしれないんだぞ。いいのか?本当に、それで。何か、ないのか、何か―――!
俺は蹲ったままの姿勢で、考える。幽霊をこの世に留めるなんていう、素晴らしい能力は、残念ながら普通の男の俺にはない。だが、何かきっとまた会う方法はある。今帰しても、きっと何時か今度―――そうだ。
「判った、お前がいいよって言うまで振り向かない。だから、一つだけ―――約束してくれ」
「……また約束、ね。破っても知らないわよ」
「破るわけない。俺の知ってる由衣は、簡単に約束破るような女じゃない。今だって、こうして約束守って、一緒にここに立っていてくれたじゃないか!だから、聞けよ、一回しか言わないぞ!来年の夏…また来る。また一緒に夕日見ような!」

86 名前:どん兵衛 :2006/04/22(土) 20:35:25 ID:QrrryoVq0
由衣の足音が遠ざかっていく。約束出来ないってことなのか?そんなの嫌だ!約束してくれたっていいじゃないか!例え守れなくても、せめて――せめて今だけでも!
「由衣!!」
『いいよ』
「えッ…?由衣…?」
足音が消えた。気配も、消えた。ただ残るのは、波の音と、カモメが鳴き、飛び去る音。他に何も気配を感じない。
「それって…なぁ、由衣…。お前、さっき言ったよな、いいよって言うまで振り向かいないで、って。それってさ…振り向くからな!」
声を掛けてから振り向いたが、やはりそこには誰も居なかった。だが、気付け、と言わんばかりに夕日を浴びて光る塊が、俺の目に入った。
「…これ」
歩み寄って手に取ったそれは、間違いなく、俺があのとき――去年の夏、この浜で落としたであろう指輪だった。そして、指輪の近くに、指で書いたと思われる文字があった。
『いいよ やくそくする』
文字を確認すると、その文章は消え、今度は新しく違う文章が浮き上がってきた。
『こんどは すがたをみせてあげるから』
「―――由衣ッ…」
やっぱり、さっきの「いいよ」は、これだったのか。振り向いていいよ、と、いいよ、約束する、の意味があったんだ。あの馬鹿め…
泣けることしてくれる。こんなことで、俺が泣くとでも…泣くとでも…。
俺は、由衣が置いていった指輪を強く握り締めて、涙していた。ぽたぽたと頬を伝って雫が落ち、砂に吸い込まれていく。
ごめん、今回も負けたよ。ボケツッコミ勝敗百一戦中、九十一敗が、俺に与えられたよ。有難う、由衣、また―――また来るから。
気付いて目を開いたとき、文字はまた変わっていた。
『やっぱ なきがお不細工』
なんでそこだけ漢字でしかも達筆なんだ――!!!

俺はまた車を走らせていた。そう、去年の夏、約束した通り、俺はあの浜辺へ向かっている。時刻は去年とほぼ同じ時間。きっと、居てくれるはずだ。
俺は気をつけながらも、少々スピードを出して、浜辺に向かい、駐車出来るスペースに車を止め、そして下りた。
そして、浜辺を見た。浜辺に、彼女の姿は―――――――――――。



「来るのが遅ぉぉぉぉい!!」
あった。そして、俺は彼女の飛び蹴りを喰らった。