妻のからくり人形
- 820 名前:本当にあった怖い名無し :2006/04/14(金) 01:50:06 ID:kEvVOjmf0
- 1
日の当たらない薄暗い部屋の中に4体の日本人形がきれいに飾られている。
生前、妻が大切にしていた物だ。
1体の人形の髪を撫で思い出に耽る。
妻が亡くなって、もう30年になるか。
私はすでに定年退職し、なにかをする訳でもない日々を送っている。
軽く溜息をつくと私は部屋を後にした。
居間で簡単な夕食を終え、仏壇の前へと移動する。
妻の遺影に向かう事が数少ない日課となっている。
実際の年よりも若く見える妻の写真を眺め、呟く。
「もうそろそろ、私もそちらへ行ってもいいかい?」
何度目だろうか、返答などありもしないのに問いかけてしまう。
妻の屈託の無い笑顔に老いた私の顔が映る。
私は目を閉じ、仏壇に手を合わせる。
”カラカラカラ”
後ろから何か回るような音が聞こえた。
”カラカラカラ”
音が近づく。私が振り向くと、そこにはお盆に湯飲みを載せた人形がいた。
飾ってある人形の1体で、唯一のからくり人形だった。
『とても珍しいのよ』と妻が目を輝かせながら言っていたのを思い出す。
「そこにいるのかい?」
人形が独りでに動く事は考えられず、人形の後ろの空間に問いかける。
しかし、何の返答もない。
私は人形の髪を撫で、湯気の立っている湯飲みを取る。
「いい香りだ……」
妻が入れるお茶を思い出させる懐かしい物だった。
- 821 名前:本当にあった怖い名無し :2006/04/14(金) 01:51:13 ID:kEvVOjmf0
- 2/4
私は妻と対峙していた。
場所はどこか分からない…ただ、沢のような水の流れる音が微かに聞こえていた。
「久しぶりね」
妻の声が聞こえる。とても懐かしい声だった。
「ああ、久しぶり」
目頭が熱くなるのを感じ、手で押さえる。
「なに泣いてるのよ。男の人はビシッとしてなきゃ駄目っていつも言ってるじゃない」
その言葉も懐かしい。妻にはいつも助けられていた。
「まったく、そんなだから場の雰囲気に流されっぱなしで、わたしがいないと駄目なんだから」
妻は怒ったように腰に手を当てて私を睨む。
だが、目は楽しそうに笑っていた。
私も自然と笑みがこぼれる。
「……すまない」
「謝らないでよ、わたしが謝る方なのに。
あなたには迷惑をかけてしまって……」
妻がすまなそうに俯く。
「あれはキミのせいじゃない。仕方なかった事だ。
私はキミを失って、初めてキミに頼りきっていた事に気づいた。
そして私は変われた」
妻はうんうんと頷くと笑顔に戻った。
「そう、あなたは私達の息子を立派に育ててくれた」
一人息子はすでに独立し、家族も持っている。
親としての私の役目も終わっていた。
「ずっと見てたよ。なにもできなかったけど、ずっと……」
妻の目に涙が光る。
- 822 名前:本当にあった怖い名無し :2006/04/14(金) 01:52:11 ID:kEvVOjmf0
- 3/4
「私もそちらに行ってもいいかい?」
何度も問いかけていた言葉が自然と出てしまった。
妻はゆっくりと首を横に振る。
「駄目よ、まだ早いわ」
「もう十分だろう?私はキミのいない生活に疲れた……」
正直な気持ちだった。私はなにも無い生活に生きる意味を失っていた。
「あなたの気持ちはとても嬉しいよ。
でもね、わたしの分まであなたには人生をまっとうしてほしいの」
妻の分までか……そうだな、今の私でもできる事があるはずだ。
私は妻を見つめ決心の意を伝えようと口を開きかけたその時、
「あ、中途半端に死んでこっちに来たら恨むからね」
屈託の無い笑顔で怖い事を言う。
「……そ、それは勘弁願いたいな」
私は決心を一層固めなければならなかった。
「ふふ、あなたなら大丈夫。わたしの旦那だもの」
妻が顔を赤らめて恥ずかしそうに言う。
「その言葉、キミが生きている時に言わせたかったな」
「そうね、言わせてほしかったな」
墓穴を掘ってしまった。
「でも、待ってるから。ゆっくりでいいからね」
妻の言葉か発せられた後、光に包まれ何も見えなくなる。
- 823 名前:本当にあった怖い名無し :2006/04/14(金) 01:53:15 ID:kEvVOjmf0
- 4/4
私は布団の中で目を覚ました。
夢か、どうやら寝ていたらしい。
枕元にからくり人形が置かれている。
私は起き上がり、人形を抱き仏壇へと向かう。
そして妻の遺影に手を合わせる。
「キミの分までがんばるから、待っててくれ」
私は写真に向かって、軽く笑うと人形を戻しに部屋へと向かう。
玄関の戸が開く音がした。
「父さん、いるかい?」
息子が訪ねてきたようだ。
「おじいちゃーん、いるー!?」
孫の声がする。家族で遊びに来たらしい。
まったく、来るなら事前に連絡を入れてほしいものだ。
どうやら、親としての役目はまだありそうだ。
私は笑みを浮かべると玄関へと向かう。
終〜