無限階段
- 641 名前:本当にあった怖い名無し :2006/04/09(日) 01:14:41 ID:23GnB7gn0
- ──無限階段
うちの学校の七不思議のひとつ。
屋上へと続く階段は、夜中の12時に異次元に繋がり、
そこに取り込まれた人間は無限に続く階段を彷徨い続けることになる。
何ともベタな設定で、よくある矛盾した怪談だ。
彷徨い続ける、と謳っておきながら、異次元の中身まで描写されている。
もし仮に異次元に取り込まれるとしても、それは単なる神隠しに過ぎない。
無限に階段が続いている、なんてことは分かりようが無いはずだ。
だから嘘。こんなのはつまらない作り話。怖がる必要なんて無い。
怖くない怖くない怖くないったら怖くな……ゴメン、嘘。怖い。マジ怖い。
どうして夜の学校というのは、こうも怖いのだろうか。明らかに設計ミスだ。
現代社会に対応した、24時間照明サービスを早急に実施すべきだ!
──うう……何でこんなことに。
夜中に学校に忍び込んで肝試し。
ルールは簡単。一人ずつ屋上まで行き、壁に証拠の書き込みをしてくること。
順番に行われ、俺が最後の一人。時刻も順調に過ぎ、現在23:58。
屋上の階段に着くのは、ちょうど例の夜中の12時ごろだ。何て間の悪い。
しかも使い回した懐中電灯は途中で切れ、仕方なく携帯のライトを代用。
ぼんやりと照らされるは、すぐ足下だけ。一段ずつ、ゆっくりと上る。
コツコツ、と暗闇に俺の足音だけが響く。自分の心音すら聞こえそうな静寂。
コツ、コツ、コツ、コツ……コツ、
脚を止める。四階まで上りきり、ついに“例の”階段である。
ごくり。思わず唾を飲み込む。その音の大きさに驚く。周りは驚くほど静か。
そして──
──コツン、
無限階段への一歩を踏み出した。
- 642 名前:本当にあった怖い名無し :2006/04/09(日) 01:15:42 ID:23GnB7gn0
- 四階から屋上までは30段。書き込みをしても2分もあれば戻ってこれる。
──だと言うのに……
(──何で、屋上に着かないんだよ)
コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、
コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、
足音は既に三桁を超える。にもかかわらず一向に終わりが見出せない。
どこまでも続く階段──無限階段──そこに取り込まれた人間は────
「……うう、」
思わず呻き声を上げる。歩調は落とせない。機械のように上り続ける。
もし立ち止まったりしたら、何かとてつもなく恐ろしい事態が起こりそうで──
馬鹿げている。もう既に、取り返しの付かない事態が起こっているというのに。
現状維持が精一杯。ああ、なるほど。これは彷徨い続けるしかない。
死刑執行台の方が、どれだけ良いだろう。あれには確かな“終着”がある。
終わらない悪夢。永遠の循環。メビウスの輪。騙し絵の水路。尾を咥えた蛇。
俺は上っているのだろうか。それとも下っているのだろうか。それすらも曖昧。
やがて携帯も充電も切れ、俺の足音だけが永久に続く世界になるのだろう。
コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、
コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、
────カツン、
──!?
コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、
カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、
俺の後ろに、足音が──増えた
- 644 名前:本当にあった怖い名無し :2006/04/09(日) 01:16:43 ID:23GnB7gn0
- コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、
カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、
俺よりもわずかに遅れて、小柄な足音が一つ。ぴったりと俺のすぐ後ろ。
つかず離れず、一定の拍子で、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、
気配は無く、ただ足音だけが響く。じわじわと締め付けるような存在感。
一歩下がれば──否、ただ立ち止まるだけで追いつかれる。
そうすれば──そうすれば──……どうなる?
いやだ。もういい。どうなってもいい。止まろう。このままよりずっといい。
立ち止まった先に何があろうとも、“現状(いま)”よりはずっといい!
「──そのまま。止まらないで」
静かで優しく冷たい命令。まるで心を読んだかのようなタイミングでの制止。
夜の校舎を突き通す少女の声。背中のすぐ後ろから、至近距離での発声。
────コツ、
────カツ、
静止しかけた足音が──再開する。
「──お、俺を──どうするつもりだ?」
喉に張り付いた粘膜を剥がしながら、後ろの存在に問い掛ける。
「さあ、知らないわ」
抑揚のない声は確かに嗤う。ハーメルンの笛吹男。マリオネットは無様に踊る。
「貴方はただ、黙って上り続ければいいの」
コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、
カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、
それは眠れぬ夜の秒針のように、久遠の時を刻み続ける。
倒れては起きあがる円環ドミノ。条件を満たせないループプログラム。
俺は何処で間違えてしまったのだろう。何故こんな目に遭わねばならないのか。
────何故、こんな悪夢に、気に入られてしまったのだろうか……
- 645 名前:本当にあった怖い名無し :2006/04/09(日) 01:17:25 ID:23GnB7gn0
「ば、ばっかじゃないの! 誰がアンタのことを気に入ったってのよ!!」
──ばきん
後頭部に衝撃。思わずよろける。
「自惚れるんじゃ無いわよ。アンタの事なんて、どうでもいいんだから!」
階段を駆け下りる足音。歯車は欠けて、12時の静寂が戻る。
どれだけそうしていただろう。急に静寂が怖くなり、階段を上──
「──って、うおっ!?」
右足は空を踏み、三半規管が悲鳴を上げる。
予想していた段差は無く、よろめいた先は踊り場となっていた。
「────抜け出せ、たの、か──?」
携帯で照らすと、ぼんやりと踊り場の全体が見渡せる。
先程までの無限階段が、まるで夢のように──……というか……夢?
冷静になってみれば、よく分かる。一人で勝手に狂っていただけだ。
脳内で枯れ尾花が月に照らされ、糸で吊したコンニャクが乱舞する。
トドメとばかりに、脳内BGMが、寝惚けた人間の見間違えを嘲笑う。
「は、はは……はははっ!」
深夜の校舎の最上階で笑う男──新たな七不思議が出来そうだ。
とっととやることを済ませて、あいつらの所に戻ろう。
肝試し成功の証拠として、指定の位置に書き込みをする。
──ぴた、
シャープペンを持つ手が止まる。
先発隊の書き込みとは明らかに違う、丸っこい女の子の字。
『勝手に人を幻覚にするな、バカ!』
──直後、すぐ後ろの階段を、笑い声と共に駆け下りる足音が響いた。