押し入れの花畑
- 622 名前:本当にあった怖い名無し :2006/04/08(土) 22:49:58 ID:uJ3yJOO+0
- 初めは、ただの錯覚かと思った。
押し入れを開けると、どこまでも続く一面の花畑が広がっていた。
思わず襖を閉め、目を擦り、深呼吸の後、怖々と襖を開ける。
やはりそこには、押し入れの面積を無視した、白い花畑が広がっていた。
まあ、キノコやカビが生える場所だから、花畑だってありえるのかもしれない。
以来、気晴らしに押し入れを開けては花畑を眺めるのが日課となった。
何度か花畑に入ってみようと試みたが、それは叶わなかった。
手を突き入れることは出来ても、脚を踏み出すことは出来ない。
ルールが分かれば、別に無理をする必要はない。ただその景色を眺める。
そんなことを続けたある時、遠くに何かがあることに気が付いた。
それは人影で、押し入れを開ける度にこちらに近づいているように思えた。
一度気付いてからは、開ける度に必ずそれに目がいくようになった。
初めはかろうじて見える程度だったのが、徐々にその姿がハッキリとしてくる。
人影は髪の長い少女で、赤い服を着ていて、手に細長い何かを持っていた。
日ごとに、彼女との距離が縮む。
少女が近づき、手に持っている物が大振りの鉈だと分かった。
少女が近づき、ギラギラと輝く瞳と吊り上がった口元に気が付いた。
少女が近づき、それが獲物を狩る貌であることに気が付いた。
少女が近づき、彼女の赤い服が誰かの返り血であることに気が付いた。
少女は鉈を手に、襖を開ける度に、一歩ずつ、こちらに近づいてくる。
──ぴしゃん!!
襖を閉める。花畑は消え去り、少女もいなくなる。少女まではあと十メートルほど。
血濡れた鉈、血染めの服、血に飢えた貌。もし彼女がここに辿り着いたら……
脳裏に俺の返り血を浴びた彼女の姿が浮かんだ。
- 623 名前:本当にあった怖い名無し :2006/04/08(土) 22:51:02 ID:uJ3yJOO+0
- …………しゅっ
襖を開ける。白い花畑の中、赤い少女がいる。
──ぴしゃん!!
──しゅっ
襖を開ける。白い花畑の中、赤い少女が少しだけ近づく。
鉈を振り上げ、狂気の瞳は遠くからもはっきりと窺える。
──ぴしゃん!!
──しゅっ
襖を開ける。白い花畑の中、赤い少女が律儀に少しだけ近づく。
──ぴしゃん!!
──しゅっ
花畑、少女、
──ぴしゃん!!
──しゅっ、花畑、少女、ぴしゃん!!
──しゅっ、花畑、少女、ぴしゃん!!
──しゅっ、花畑、少女、ぴしゃん!!
連続で開閉。近づく彼女。おお、何かパラパラマンガみたいだ。
しゅっ、ぴしゃん、しゅっ、ぴしゃん、しゅっ、ぴしゃん、しゅっ、ぴしゃん、
……むむ、さっきまであんなに嬉しそうだった貌が、だんだん不機嫌に。
しゅっ、ぴしゃん、しゅっ、ぴしゃん、しゅっ、ぴしゃん、しゅっ、ぴしゃん、
あ、鉈を降ろした。あと不機嫌通り越して怒ってる。怒りマークが見え隠れ。
何かお気に召さないことがあるらしい。むむ、どうしたというのだろう。
しゅっ、ぴしゃん、しゅっ、ぴしゃん、しゅっ、ぴしゃん、しゅっ、ぴしゃん、
少女まであと5メートル
しゅっ、ぴしゃん、しゅっ、ぴしゃん、しゅっ──
「──って、 ち ょ っ と 待 ち な さ い ! ! 」
- 624 名前:本当にあった怖い名無し :2006/04/08(土) 22:52:31 ID:uJ3yJOO+0
- ──ぴた
襖を閉めようとした手を止める。
少女はもう手を伸ばせば届く距離。肩を震わせていることすら見て取れる。
「……えっと、なに?」
制止の理由を問う。
「何じゃないわよ! これが目に入らないの!?」
ひゅん──鉈が鼻先数センチに突きつけられる。近すぎて逆に見えにくい。
「鉈よ、NATA! いっつぁ凶器!! それを持つ私は明らかに危険!!」
そうでしょう? と確認を取ってくる少女に、素直に頷く。しーいずでんじゃー。
町中でこんな人物にあったら、しっぽを巻いて逃げ出す。それくらい危険だ。
「なら、なんであんな勢いよく開閉するのよっっ!!」
少女爆発。唾が顔に吹きかかる。不思議とあまり不快ではない。
「それとも何、あなた死にたがり? 自殺志願者? NEETなの?」
「いや、NEETでは無いけど……」
「なら、なんであんな勢いよく開閉するのよっっ!!」
再度爆発。再度唾が顔に吹きかかる。──別に快感ってわけじゃないよ?
「うーん、何でと言われても……」
「言っておくけど、ポーズなんかじゃなくて、殺す気満々よ。斬殺で惨殺」
その心意気は見て取れた。完全に理解できていたし、覚悟もしていた。
彼女がここに辿り着いたら、確実にあの凶器でメッタ斬りにされて殺される。
「なら、なんで────」
「そっちこそ、何で殺さないの?」
三度目の爆発を回避。同時に疑問を投げかける。
さっきから殺すチャンスはずっとあるのに、一向に振るう気配がない。
「なっ──! し、質問を質問で返すなっっ!!」
真っ赤になって三度目の爆発&唾。ごもっとも。
「うーん、何でかなぁ……」
当然、殺されるのは嫌だ。死にたくない。それなりに生きていたい。
それでも殺されると分かっていて、襖を開閉したのは……
「もっと、近くで見たかったから──かな」
- 625 名前:本当にあった怖い名無し :2006/04/08(土) 22:53:58 ID:uJ3yJOO+0
- 「──はぁ?」
思いっきり怪訝な顔。事と次第によっては斬る、と言わんばかりの雰囲気だ。
「いや、だからキミをもっと近くて見てみたかったから」
言葉にして、すっきりした。一人頷く。そうか、俺は彼女を近くで見たかったんだ。
「何て言うか……生き生きとした表情が良いなって思ったって言うか……」
さて、どうしよう。続けるべきだろうか。少女を見る。その目は続けろと促す。
「──ぶっちゃけ、可愛いと思ったから」
「────なっ!?」
少女の顔が服と同じ色になる。自分では見えないが、俺の顔も真っ赤のはずだ。
「な、なっ、ば、馬鹿にしてるのかっ、殺されたいのかっっ!!」
「いや、本当に殺されてもいいと思っちゃったのよ、マジで」
彼女を近くで見られるなら、それでも構わない。天秤は滑らかに傾いた。
驚きな事に大マジ。ハッキリ言って一目惚れだ。小学生もびっくりの純情感情。
「〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!」
目の前の少女は、大きく息を吸い込むと
「…………はぁ」
呆れたように大きな溜息を吐いた。
「もういい。閉めて」
「え?」
「興が削がれた。見逃してあげるから、早く襖を閉めて」
むむ、何だか知らないが許してもらえたらしい。
「安心しなさい。次に開けるまでに、別の場所に移るから」
「…………えっと」
「早く閉めなさいよ! 帰れないでしょ!!」
──ふむ、よく分からないが彼女には彼女のルールがあるようだ。
開閉の度に、律儀に一歩ずつ近づいていたのも頷ける。
襖に手を掛け──彼女の顔を見る。睨むような視線が、つい、と逸らされる。
「……早くしなさいよ。あんまりトロいと、また気が変わって殺すわよ」
──覚悟を決めて、襖を握る手に力を込める。
「……あ、」少女の視線がこちらに戻り、初めて、寂しそうな貌を作った──
- 626 名前:本当にあった怖い名無し :2006/04/08(土) 22:55:38 ID:uJ3yJOO+0
- 「──ほら、早くお茶を寄越しなさい。殺すわよ」
慌てて彼女専用の湯飲みにお茶を入れ、境界越しに差し出す。
白い花畑の中で煎餅を食べる少女。どうにも不釣り合いである。
襖を取り払った押し入れの向こうには、相変わらず花畑が広がる。
あの時──俺が襖を外すと、少女は驚いた顔をし、猛烈に抗議をしてきた。
『バカッ、何やってるのよ! 殺されたいの!?』
それも覚悟の上と言うと、間髪無く鉈が振り下ろされた。
ドスっ、と深く畳に突き立つ凶器。身体に当たれば致命傷は間違いない。
『次は本気で殺すからね』
──それでも俺は躊躇うことなく、もう一枚の襖も外した。
そして俺は未だ奇跡的に生きている──
許されたのではなく猶予期間。死に怯えながら暮らせと言われた。
襖を閉めなくても、俺を殺せば彼女は次の場所へと移動出来るらしい。
それでも彼女がそうしないのは
『私を侮辱した罰として、最低最悪のタイミングで殺してやる』ためだそうだ。
いつ殺されてもおかしくない、今この瞬間にも殺されるかもしれない。
──が、それでいいと思っている。俺は彼女の近くにいることを選んだ。
「……なに見てるのよ。殺すわよ」
ぷい、とそっぽを向かれる。その頬が赤い。それだけ怒っているのだろう。
慌てて目を逸らす。彼女になら殺されてもいいが、殺されたいわけではない。
いつか殺されることは分かっていても、それは出来るだけ先延ばししたい。
少しでも長く、彼女の近くにいたい。少しでも長く、彼女のそばにいたい。
「──っ! だ、だからこっちを見るなっ! 殺すわよっ!!」