Hello again Vietnam. 1972

592 名前:Hello again Vietnam. 1972 1/3 :2006/04/07(金) 00:11:54 ID:ovm/88ug0
荘厳なファンファーレが鳴り響く。空砲が鳴り響き、棺が兵隊に抱えられ、地面に消えてゆく。
抜ける様な青い空。どこまでもどこまでも、無慈悲に青い空。
こんな空を、彼は最後に見ていたんだろうか。

「まぁ、行ってくるわ。ベトコンどものケツを明かしてきてやるよ」
彼はそういって、飛行機に乗った。B-52''ストラトフォートレス''爆撃機。
沢山の鉄の雨を降らし、沢山の人を焼き殺す為の「道具」を積んだ大きな飛行機。
彼は行く前に雄弁に語った。
「俺が乗る飛行機はな、新型ですんげぇデカイんだ。沢山爆弾積んでな、一気に落とせるんだ。
 なんだったらソ連にまで突っ込めるぜ?」
その時、私にとってはそんな事はどうでも良かった。
「あんたさ、分かってんの?あんた人殺しに行くんだよ?マジ死ねば?あんたが落としただけ
 人が死ぬんだよ?マジ、地獄いき決定じゃん。ガキなんだから。」
戦いに赴く彼に、私はそんな言葉しか掛けなかった。
彼は少し悲しい顔をした。でも私はそんなことに気づけるほど大人じゃなかったし、
その時の反戦体制はそんな事を消し飛ばすものだった。
そして私は空元気だとも知らず、満面の笑顔で話すその態度にどうしようもなく腹が立っていた。
そして3ヶ月後。彼はホーチミン・ルート上空でミサイル攻撃を受けて粉々にされた。
遺体すら戻ってこなかった。
遺体の無い国葬。ここにこの棺を埋める事になんの意味があるんだろうか。
視界が揺れる。泣いてる?
「だめだ、また泣いてる。あんな事言ったってのに…」
どことなく一人ごちる。
ツライ。寂しい。どうしようもなく自己中心的だと思うけど、私にとっての彼の命は
地球より重く、何千人のベトナム人の命よりも重かった。今更になって分かるなんて、皮肉なものだ。
今の私の心は重く、未来は深海よりも暗く、濁っている様にしか見えない。
涙をこらえようと、白い太陽を見上げようとした。
とーーーーーーー
彼が目の前にいた。いつもの顔で、いつものまなざしで。満面の笑顔で。

593 名前:Hello again Vietnam. 1972 2/3 :2006/04/07(金) 00:13:32 ID:ovm/88ug0
「やぁ」
「…うん」
あまりにあり得ないことに、私は間抜けな声をだしてしまった。
「久しぶり。」
「ひ…久しぶり。死んだんじゃなかったの?」
「うん、死んだ。最後に顔、見に来たの。」
あっさり認める彼。
「そ、そう。さっさと逝けば?さんざん人、殺しておいて自業自得ね。地獄でみんなが待ってるわよ。
 この期に及んでまだ未練があるの?ガキねぇ。」
もっと違う事が言いたい。違う。もっと違うこと。考えてる事はもっとちがうんだよ。でも彼の前だとなぜか言えない。
「あぁ…そうだな。んじゃ、逝くわ。」
あのときと同じ。彼は少し悲しそうな顔をして、きびすを返した。
あの時と同じ…じゃない。私はもう、知っている。あの時、あの場所において来たもの。
でも勇気が出ない。言えない。言えない。素直になれない。どうしようーーーー
だが彼が2歩、踏み出した時、神様は私に最後の機会をくれた。
「いか…逝かないで。お願い。」
「ん?」
彼が振り返る。その表情は光で読み取れない。
「逝かないで。お願い。私のそばにいて。お願いだから逝かないで。そばに居てよ。一緒に居て。素直になるから。
 一緒に居るだけで良いから。私と一緒に居て。おねがいだから。死なないで。一人にしないでよぉ…」
最後の方は涙で声にならない。情けない。さんざん子供だ子供だとエラそうに言ってたのに。
泣きじゃくる私の頭に彼はぽん、と手を於いた。


594 名前:Hello again Vietnam. 1972 3/3 :2006/04/07(金) 00:16:05 ID:ovm/88ug0
「ごめん。それはできない。」
「戦争に行く時、ひどい事ばかり言ったから?だったら謝る。ごめんなさい。お願いだから行かないで。」
「それは違う。君の言ってる事は正しかったよ。俺はたくさん人を殺したし、結果も知ってる。でもな、俺はその結果で死んだ。
 それも変わらないんだ。だから行く。君は一人でやっていける。新しい人を見つけて、幸せになりな。」
「…勝手だね。」
「かもしれないね。」
手を広げ、首をすくめる彼。そんな様子をみて何故か私の涙は引っ込んだ。
「あー、もう泣いたりして馬鹿みたい。良いわよ、一人でやってくわ。さっさと行きなさいよ。私は一人だって寂しくないんだから。」
涙を残したまま、かろうじて憮然とした表情を作りながらそういうと、彼は少しだけ笑ってこういった。

「さっきと言ってる事が違うね。でもその言葉が聞きたかった。戻って来て、良かったよ」

空砲の発砲音で現実に引き戻された。彼はもう居ない。
やれやれ。一番ガキだったのは、私だって事か。最後まで世話を掛けたみたいだ。
見上げると、馬鹿みたいに青い空は変わらなかったけど、何か違って見えた。

ーーまぁ、彼が居なくても、がんばってみるかな。大人に、なろう。


ベトナム戦争ではアメリカ軍、北ベトナム軍双方に甚大な被害が出た。爆撃機パイロットも多くの被害を出し、
親族や恋人を残したまま死んだ者も多かった。ベトナム戦争は「汚い戦争」であり、非戦闘員の死者も多かったが、
兵士個人の愛する人を想う気持ちは何よりも純粋であったと、私はそう思う。だからこそ、人は戦うのだ。