タクシーの幽霊・見習い

548 名前:1 :2006/04/06(木) 01:45:38 ID:ih5LScBA0
「青山ぼ……」
「き、君!!どうしたんだこんな夜更けに!?しかもずぶ濡れじゃないか!
 話はいいから早く乗りなさい!」

決まり文句も言わせて貰えず、私は強引にタクシーに乗せられた。
ううっ、幽霊になったばかりだというのに前途多難。
「送ってあげるから、どこまで行けばいいんだい?」

親切そうな運転手を怖がらせるは気が引けるけど、さっき言えなかった
台詞を言うチャンスだ。よし、思い切りタメをつくって……
「……あおやまぼち、まで」
「あーはいはい青山ね、ちょうど帰り道なんだ」

なんの不信も抱かれずにスルーされた。なにこれ。
さすがにちょっとムカっとくる。よし、私だってまがりなりにも幽霊なんだから。
できるだけ意識を希薄にして……えいっ
「………」
「………」
「……ちょっと」
「ん?何か言ったかい?」
「なんでバックミラー見ないのよ」
「ああ、私は夜はほとんど前にしか注意してないんだ、車が後ろから来れば
 ヘッドライトでわかるからね、それよりもこういう暗い道は前を見てないと 」

理屈はわかるけれども、ずぶ濡れの女の子を乗せて、様子を気にしないなんてあるのかしら。
「ああ、そういえば君が見えなかったような……」
「そ、そう、それよ!何か怖くなかった?」
「いや、失礼だけど君ちっこいからさ、それで見えないんだと思った」

運転手は笑った
私はキレた

549 名前:2 :2006/04/06(木) 01:48:29 ID:ih5LScBA0
ただ、ここで 『私は幽霊なんですー』 なんて言うのはプライドが許さない。
この人には、それとなく雰囲気で自分が幽霊だと理解させなければいけない。
そして怖がってくれないとアイデンティティが崩壊する。
まばらにある街灯と、自動車のメーターの放つ光だけがぼんやりと車内を照らす。
あれから一言も言葉を交わさない二人。よし、いい雰囲気だ。

「ねえ、運転手さん、あなたはすごく無念なことってない……?」
「うーん特にないねえ、娘も結婚したし、カミさんはうるさいけどよくやってくれてると思うし」
「そ、そう、でも私にはあるの、この世にやり残したことが……」
「君はまだ若いんだし、これからじゃないか」
「若い?ふふ……若さなんて関係ないのよ、そう見えるだけ」

よし、いい流れだ。ここらで察するのだ運転手。

「へえ……高校生くらいに見えるけど、実は ピー 歳とか?」
「んなっ…!?」

なんて失礼…っていうか鋭い奴!?若く見えるのは自慢だったけど、
実年齢を当てられたことは今までなかったのに!
いや落ち着け私。年齢なんて関係ないって言ったのは自分でしょうが。

「ふ、ふふっ 運転手さん、私がどんな人生を送ってきたか、知りたい……?」
「人の過去を知りたいとは思わないけど。むしろ君が私に話したいんじゃないの?」
「…………」
「どうしたの?聞くけど」

やっぱりこの人相手だと調子が狂う。でもここで私が生前どれだけ苦しい
目にあってきたのかをうらみ混じりに語らないと。

「……話しづらいんだったらさ、私から自分のこれまでを話してみようか……」

運転手は唐突に、これまでの自分の人生を語りだした。

550 名前:3 :2006/04/06(木) 01:50:09 ID:ih5LScBA0
結婚したのは2番目の子供。彼と奥さんの間には、最初男の子が授かったが、
その子は自動車に轢かれて幼くして命を失った。

そして、轢いたのは自分自身。

深夜に帰宅した自分は疲れていて、車庫に入れるときに後ろばかり気にしていた。
そして、ちょっと姿勢を直そうとギアを戻して踏んだとき……
はしゃいで飛び出してきたわが子に、気づかなかった。

「……それは、無念じゃ、ないの?」
「それは無念さ、決して拭いされることじゃない。カミさんも私をなじった。
 私も死のうと思ったことだって何回もある。いや、あの時実際死のうとしたんだ」

息子を轢いたその車で、崖から落ちて死のうと考えた。
でも、そのとき息子が後ろからヒョイっと顔を出してきたんだ。
死んだはずの息子がね。

「思えば、息子は車に乗るのが好きだった。こういう客のいない夜に走らせてると、
 たまにそこにいるのさ」

そういって、運転手は私の横を後ろ手で指差す。
そこには、小さい子が、いた。今まで気づかなかった。

その子はニカっと笑って私を見て
『ねーちゃん、素人だな』と抜かして消えた。

「……私は、息子が私を恨みに思って出てきたんだと思った。でも、それは違った。
 驚いた私はブレーキを踏んで、ギリギリで止まることができた。」

でもそれから、運転手さんの人生が急に良くなったということはなかった。
息子さんへの後悔も、奥さんとの仲も、苦しんで、償って、そして今があるのだと。


551 名前:4 :2006/04/06(木) 01:50:56 ID:ih5LScBA0
「さ、そうこうしているうちに青山墓地だ」

車はいつの間にか目的の場所についていた。
しまった、ここは姿を消してないとまずいのに。
あわてて集中する私を、運転手さんは振り返って見たりはしない。

「消えるんだろう?」
「え?」

「私も長いからね、君みたいなのはこれで5人目さ。
 また失礼なことを言うようだけど、君は飛び切りに下手な幽霊だったね」
「な、なっ……」
「生きていれば、息子は君と同い年くらいだろうね。そう思ったら、
 たまにはこういうのもいいかと思った。」
「……」

「死んじまったのは仕方がない。私もやってしまったものは仕方ないと思える
 様にはなれなかったけど、そう思おうとすることは大事だよ」

多分、君を待ってる人はいるはずだよ

そういって、運転手さんは空を指差す。

運転手さんは、私が消えて車から降りるまで、後ろを見ようとはしなかった。
でも、降り際に

「御代は結構、いつも貰ってないから」

といわれたのは、なんともはや……

552 名前: :2006/04/06(木) 01:51:31 ID:ih5LScBA0
私は、去り行くタクシーを見送りながら、なんともいえない思いだった。

これで、感動して、成仏?
ありえない、私の恨みは消えてないんだから!
そ、そうよ、たまたまあんなのが最初に当っただけで、
私だって立派に幽霊できるはずなんだから!

でも、この涙は何……?

道路に落ちたしみをみて、思い出した。

「シート濡らすの、忘れた……」