近所のかみさま事情

531 名前:近所のかみさま事情1 :2006/04/05(水) 22:52:30 ID:IVb+Zmva0
「待て、少年」
背後からの声に、ぎくり、と身体が硬直する。
オーケー。ちょっと落ち着いて整理してみよう。
ここは近所の森の、良くない噂でもちきりの廃神社の中です。
今僕は、肝試しと称してガキ大将にむりやり神社の中に入らされ、
一番奥にあるはずのお札を証拠に取ってこいとか言われてます。
おっかなびっくり中を進んで、いまようやくそれらしきお札を
手に取ったところで、後ろから声をかけられました。
どうも女性っぽい声ですが、だからといって安全ではありません。
状況から鑑みるに、声の主は次のうちどれでしょう。

A.ホームレスの類。
B.変質者の類。
C.不良高校生の類。
D.妖怪変化の類。

「オーディエンス」
「は?何を言っておるか。こっちを向け少年」
………声が、少し怒気をはらんだものになる。
ドロップアウトとかだめですかそうですか。
観念して、ゆっくりと振り返ると―――
果たしてそこには、なんていうの、着物?を着たお姉さんがひとり。
正直なところ、かなりの美人………だが僕はだまされない。
だってお姉さん、アナタの頭についてるソレ、どう見たってどーぶつのみみです。
僕は知っているのだ。それっていわゆるアレだ、こすぷれとかいうやつ。
こんな郊外の廃屋の中でこすぷれしてる着物美人、という方程式が、
僕の脳裏に文句なしのファイナルアンサーを叩き込む。
「ウワワーッ答えはBだよミノさぁーんーッ!!」
「あっ、ちょ、こら待たんか少年!!」
僕はお姉さんの脇をすりぬけて部屋の出口へとダッシュする。

532 名前:近所のかみさま事情2 :2006/04/05(水) 22:55:02 ID:IVb+Zmva0
しかしその出口は僕の眼前で、
スパーンとか小気味よい音を立てて閉じられてしまった。
「あ、開かねえ!鍵はどこなんだ!!」
「襖に鍵があるか馬鹿者。結界を張ったからもう開かんぞ」
「何そのファンタジートーク!やっぱりBだ助けてミノさ」
「話を聞かんか―――ッ!!」
ぱぐしゃあ。
なんかカッコイイ効果音と共に、お姉さんのチョップが
脳天に叩き込まれるに至って、ようやく僕は落ち着いた。

「D、だったのか………」
「だからなんなのだ、さっきからびいとかでいとかおうでえんすとか。
 最近の人間は妙なことばかり言って困る」
そういって首といっしょに、耳をふにゃりとかしげるお姉さん。
どうもこのお姉さん、この神社にお住まいの神様らしい。
妾はこの神社を統べる稲荷大明神の眷属にあるぞぉ、とか偉そうに言ってた。
どうにもうさんくさくて仕方が無かったが、
あの「結界」を体験してしまった後ではとりあえず信じるより無かった。
稲荷ってキツネだよな、じゃああの耳はキツネの耳か。
てゆーか、人間に化けてるキツネが耳出してていいのか?
「それはさておき少年。妾の社に忍び込み、盗みを働こうとはよい度胸だのう。
 本来なら祟ってくれるところだが、妾は寛大なのだ。
 理由如何と誠意の品によっては許してやらんでもないぞ?」
ふふーん、といった感じでのたまう稲荷大明神様。
「いやあ………友達にね、肝試しに行ってこいってむりやり。
 で、きちんと一番奥にまで行った証拠に、お堂にあるはずのお札を
 持ってこいって」

533 名前:近所のかみさま事情3 :2006/04/05(水) 22:56:41 ID:IVb+Zmva0
着物の裾を口元に当てて、なんと、と嘆息する。
「妾の社を肝試しに使うとは不届き千万………
 昔は数多くの人々が参拝し、供物も日を絶やさずして届けられたというに。
 それが今はどうだっ!参拝する者もいなければ朽ちた社を建て直す者もおらぬ!
 全く―――最近の人間は不信心よのう!!」
くうう、とか言って両の拳をぐぐっと握り締める稲荷………
長いからおキツネ様でいいや。
それにしても着物が似合ってるなあ、さすが神様ってところか。
「ああ、なんだか無性に腹が立ってきたぞ………
 なんだその呆け顔は。妾の話を聞いておるのか!?
 やはり許さぬ、そこになおれ少年ッ!」
キツネのくせに豹変してつっかかってくるおキツネ様、
ってやべぇ怒らせた―――!?
「うわぁちょっと待った!!」
「喧しい!お主なんぞ変な顔の地蔵にでも変えてやるわ!!」
部屋の中に、にわかに嵐のような風が巻き起こる。
ざわざわと髪の毛を逆立てて、ビシッと僕を指差すおキツネ様。
「うわあっ!」
瞬間、僕の身体中に電流のような衝撃が走り回る!
まさか、本当にお地蔵様に変えられちゃうのか―――!?
「や、やめろーぶっとばすじょーっ!!!………あら?」
身体を這い回っていたびりびり感が突然消え失せる。
静けさを取り戻した部屋の中で、僕とおキツネ様はしばらく硬直した後―――
「あふん」
おキツネ様ががっくりとへたり込んだ。

534 名前:近所のかみさま事情4 :2006/04/05(水) 22:58:05 ID:IVb+Zmva0
「口惜しや………こんな少年ひとり祟る神通力も残っておらぬとは………」
着物のすそを噛みながら、悔しそうにこちらを睨むおキツネ様。
あ、いつのまにかしっぽも出てる。
「おキツネ様、しっぽ出てる」
「なにをぅひゃあっ」
「ついでに言うと耳も前から出っぱなし」
「うわあああぁ………きゃいん!」
咄嗟に頭を押さえたせいでバランスを崩し、ずっこける。
―――ああ、部屋の隅っこで丸まってしまわれた。
「もう妾は駄目だぁ、こんな子供にまで虚仮にされたぁ。
 もう札でもなんでも持っていけばいいではないかぁ!!」
涙目であっちいけのジェスチャーをやるおキツネ様。
どうやら、僕はおキツネ様のプライドを完璧に破壊してしまった模様。
さすがに罪悪感がこみあげてくる。
「どこから謝っていいかよくわかんないけど、ごめん」
「慰めなど受けとうない!去ねったら去ね!」
完全にへそを曲げておられる。どうしたら………
あ、そうだ、供物!
昔から、機嫌を損ねた神様には供物と相場が決まっている。
通学カバンをあさってみると、残しておいた板チョコが半欠け出てきた。
………なんか、供物としてはありがたさに欠けるアレだが、この際仕方無い。
「あのさ、ほら、供物あげるから機嫌なおしてよ。美味しいよ?」
「………おいしい?食べ物か?」
「うん。ほらコレ」
おキツネ様はジト目で立ち上がると、ぱしっとチョコを奪い取った。
「よかろ。妾は寛大だから、お主の誠意を受け取ってやろう。
 ―――なんだこれは。羊羹?いやさ煎餅?………これは本当に食べ物なのか?」
あ、そうか。チョコ知らないんだ。
「しかしなんか良い匂いがする………
 少年、もし不味かったら今度こそ許さんぞ」
そういいながら、チョコをひとかけ口に放り込んだ瞬間。

535 名前:近所のかみさま事情5 :2006/04/05(水) 22:59:37 ID:IVb+Zmva0
「あっ………甘ぁ――――――ッ!!」
おキツネ様大絶唱。甘すぎて怒ったのかと思ったら、
物凄い勢いでチョコにかじりついている。
「な、なんという甘さ!こんなもの、食べたことが無いぞ!
 ―――少年、もっとないのか!」
「あ、いや、そのそれで最後で」
「な、ないのか―――ああ―――!」
おキツネ様は、この世の終わりが2回くらい来たみたいにがっかりして、
その場にひざをついてしまった。
「………そんなにおいしかった?チョコ」
「………千代子?………は。
 ああいや、まあ大したことはなかったが、
 少年の誠意はしかと伝わったぞ。今までの無礼は許してやることにしよう」
咳払いをしつつ立ち上がるおキツネ様。あんなにがっついてたくせに。
「そんなにおいしかったなら、また今度持ってきてあげようか」
「まことか少年!」
がしっ、と両手で頭を握られる。やめて揺すらないで揺すらないでやめて。
「………は。な、なんだその目は、笑うでない!」
「やっぱりおいしかったんじゃん」
くう、と悔しげにうめいて手を離す。
「―――仕方なかろう、本当に久しぶりの食事だったのだから。
 そこにきてあのような甘いものを食べたりしたら、誰だってああなろうよ」
「えぇ?じゃあ今まで何も食べてなかったの!?」
「供物が途絶えた、と言ったであろ。
 妾は神だから飢えることは無いが、供物と信仰はすべからく神の力の源なのだ。
 当然途絶えればその神の力も弱くなる………」
おキツネ様はそこで言葉をいったん切り、ため息をついた。
「信仰を失った神というものの末路は………最後は野に下るか、消えるかだ」
無表情な横顔には、隠しきれない寂しさが漂っているように思えた。
「―――ねえ。このお札、借りちゃダメかな。後で必ず返しに来るから」

536 名前:近所のかみさま事情了 :2006/04/05(水) 23:00:54 ID:IVb+Zmva0
「え?あ―――うむ………まあ、返しにくるというのであれば、特別に許してやる」
「ありがとうおキツネ様。絶対、必ず返しにまた来るから」
「待て、何だそのおキツネ様というのは。妾にはれっきとした、六禅という名前がある」
「りくぜん、ね。僕は晴明っていうんだ。
 またね六禅、こんどはチョコ、いっぱい持ってきてあげるね」
どうしても開かなかった襖は、嘘みたいに軽く開いた。
「こらはるあき、様をつけんか、様を―――!!」
悪態をつきながらもぶんぶんと手を振る六禅の声を背に、僕は神社を後にした。
チョコだけじゃない。
今度来るときは、もっといろんな面白いものをたくさん持っていって、
いまだにこの地を守り続けるかみさまをよろこばせてあげるんだ。
いつかこの神社を、また人がたくさん訪れる神社にするんだ。
町の小さな寺に住むいじめられっ子の僕にも、できることがあったんだ―――

「おそかったじゃねえか、途中でビビって逃げたのかと思ったぜ」
「ぜんぜん怖くなんかなかったよ。ほら、これが証拠だ」
「すげえ!本当にあったのかよ。すこし見直したぜ」
「コレくらい簡単さ、このお札は記念に僕がもらってもいいよね―――」

それから、長い年月が過ぎて。
森の奥の稲荷大明神を祀る神社に、ひとりでそこを管理する青年神主の姿があった。
訪れるものを優しく包み込むような森の静かな神社に、参拝客は絶えない。
参拝客のひとりは見たという。
落ち葉舞い落ちる境内で、青年と着物姿の美しい女性が寄り添う光景を―――

END