同居生活

437 名前:たまねぎツンデレ ◆vSaTtgGg0. :2006/04/03(月) 18:10:02 ID:6GSzNDmq0
幽霊になって、もう、ずいぶん、たつ。
最初の頃は部屋の住人を驚かしていた。ものを動かしたり、音を立てたりして、楽しかった。
驚きっぷりが楽しくて、一週間連続で、驚かしてやったっけ。その住人は2週間目に引っ越したけど。

次のやつはなかなか、肝が据わっていたな。俺のすることを冷静に、掲示板にカキコしていたっけ。
でも、そいつは仕事に失敗して、首つった。それでもそいつは成仏した。最後のせりふは俺に「ありがとう」だった。
こんちくしょう、幽霊にいうせりふじゃないだろ。
そいつは首をつる直前に、ビールを飲んだんだが、俺の分まで缶を開けてくれたよ。
それがすごく切なかった。

それからの住人は肝のちいせえやつらで、すぐ引っ越しちまう。
俺はそのうち、驚かすのをやめた。立ち代る人間をじっとクールに観察する日々。
最近のやつらって、どうしてこう、つまらないんだろうな。みんな、重いものを抱えて、閉じこもってるんだ。自分の殻に。
相手するのも馬鹿らしいから、俺はじぃっと見てるだけ。退屈、退屈、退屈。ああ、成仏してぇ。


ある日、女が入居してきた。俺はぼんやり見てたんだ。
するとその女、「なに、見てんのよ」と俺を振り向いた。
俺は、あわてた慌てた。
「ふふ、見える人、初めて?」と楽しげに俺を見る。
『そんなことねぇ…俺は百戦錬磨の大悪霊だ』と精一杯取り繕った。
「こわいこわい。とりころしちゃいやよ」…てんで信じやしねぇ。
いや、まぁ、見える人は確かに初めて何だがな。
俺はちょっとムカッと来た。

『…みとけよ』と俺は本棚から、本を落としてやった。
「見たけど…落としたのはちゃんと拾うのよ」と冷静に俺に忠告した。
「見えないと不気味だろうけど、私、あなたが落とすのみえるから」
なるほど…、俺は傍から見れば、“本棚から本を落とす男”でしかないわけか。
がっくりとうなだれる。その日から、俺と女の戦いは始まったわけだ。

俺は様々な驚かし方を試みて、女を怖がらそうとしたんだが…

438 名前:たまねぎツンデレ ◆vSaTtgGg0. :2006/04/03(月) 18:12:42 ID:6GSzNDmq0

結局、俺は負けを認めた。
あいつは何でも喜んでしまう。
「ねぇ、今日はもう何もしないの?」ついには女から催促がくるほどだ。
女を喜ばすのも癪なので、大人しくすることに決めた。
「ねぇ、ねぇ、今日はね…」そのうち女は、俺にその日のことを語りだすようになった。
俺は『…』と憮然の表情で無視をきめこむ。
「まったく、無愛想ね」と、それでも女は俺に楽しそうに語りかけてくるのだ。
そうして、幾日が過ぎたある日。
女は涙を浮かべて帰ってきた。

「母さんが死んじゃった」
「私、一人だよぅ。どうしよう」どうしようといわれても…。俺は無表情を装いつつ、慌てた。
いつも、楽しそうな女が泣きじゃくっている。俺の生前もこんな経験はなかった。
慰め方がわからない。
『…葬式いってやれよ』俺はようやく、言葉を見つけ言葉少なく声をかけた。
「私…いっちゃだめなの」と女は泣きじゃくりながら話し出した。

女の話を要約するとこうだ。
女は父親とけんかして勘当されたらしい。で、家をでて生活していたわけだが、女一人で何ができるわけでもない。
母親は父親に黙ってこっそり仕送りやら何やらしてくれていたそうだ。
だが、当然、その間、母親に会うことはできない。メールでやり取りしていたそうだ。
そしてその母親が死んだ。訃報は親戚が届けてくれた。
女は、訃報を聞きすぐに実家に戻ったそうだ。だが、父親は女をゆるさず、敷居もまたがせてくれなかったそうだ。

「もう、私はいない人間なんだって…」女はうつむき肩を嗚咽で揺らす。
「あなたと一緒ね」俺はそういう女に語る言葉もなかった。

女は毛布にくるまって一晩中嗚咽をもらしていた。



439 名前:たまねぎツンデレ ◆vSaTtgGg0. :2006/04/03(月) 18:15:54 ID:6GSzNDmq0

翌朝。
俺は不穏な気配を感じ取った。幽霊になるとそういう感覚が敏感になる。
『は、はいるぞ』女は風呂にいた。俺は声を掛け、ドアを開け放した。
浴槽には蛇口から水が絶えず流れている。その中に女はいた。手首から血を流して。

俺は頭が真っ白になった。
幽霊ってのは、本とかそういったものは落とせるくせに、人間を持ち上げるほどの質量を持っていない。
風呂から出そうとしてもぐっと力を入れるとそのとたん、すり抜けてしまう。
だから、前の首をつった男も助けられなかったのだ…。無力さをかみ締める。

だが、俺はひらめいた。確かに、体全体は無理でも、腕なら?
結果は成功だ。腕は持ち上がる。まず、風呂の蛇口をとめ、栓を抜く。女の腕は心臓より高い位置に掲げ、女の脇に手を回す。
そこっ、止血のためだ。エロスじゃねぇ。勘違いスンナ。
俺はバスタオルで女をくるみ、タオルで腕を止血する。
気づくのが早くてよかった。失血量はさほど多くないらしい。睡眠薬のビンも転がっていたが致死量を飲んだ様子もない。

『馬鹿なやつ…』俺は眠ったままの女を風呂に残し、外にでた。だが、このままだとこいつは同じ事をするだろう。
どうすればいいのだろうか…?



440 名前:たまねぎツンデレ ◆vSaTtgGg0. :2006/04/03(月) 18:18:11 ID:6GSzNDmq0

「っくちっ!!」くしゃみが聞こえた。おきたな。
俺は風呂場に行った。

『おい、馬鹿娘』
「私もお化けになったの?」『アホか、お前ごときが幽霊になれるわけないだろう』
「…生きてるの?…」また嗚咽を漏らし始める。
「死なせてよ、生きているのつらいの、おねがい、邪魔しないで」その言葉が耳に痛い。
『馬鹿娘、俺の隣を見てみろ』「え…なにもないよ」
『…みえないのか。お前の母親だ』「え…うそ」
『おい、おばさん。こいつの質問に答えてやれよ。イエスなら、二回、風呂のドアをたたいて、ノーなら一度だ。』

こんこん。

『ほら。ちなみにお前が見ているように、俺は何もしていないぞ』
「か、かぁさんなの?」こんこん。
「かあさん、かあさん…」大声で泣き出した。風呂場だから声が響く。
俺はタオルを差し出してやった。

『お前のためじゃないぞ…おばさんがタオルをあげてくれっていうから』と同時にドアがこんこん。

「わたし、もう生きていたくない。母さんのそばにいっていい?」


こん…音はそれっきりだった。




441 名前:たまねぎツンデレ ◆vSaTtgGg0. :2006/04/03(月) 18:22:45 ID:6GSzNDmq0
『だめだとよ』
「でも、でも…」

ごん。
がしゃん。

風呂のガラスが割れた。力入りすぎたな。
『すげー顔で怒ってるぞ。おばさん。…ん、なになに…ば、馬鹿、そんなの自分で言えよ』
「…なんていってるの母さん…」
『自分で死んだら、もう私の子じゃない=x
女ははっとした表情を浮かべた。

『そのかわり、結婚して、子供生んで、育てて、寿命が来たら…迎えに来て上げる≠セとよ』
女は泣いた。先ほどまで以上にないた。ワンワンないた。
「かあさん、まだいる?」『残念だな。おばさんは俺が死神に無理言ってつれてきたんだ。時間切れだよ』
「そう…ありがとう、母さんに会わせてくれて」『ば、馬鹿、お前のためじゃねぇよ、もういやな思いをしたくなかっただけだ』
女はようやく浴槽から立ち上がった。俺は慌ててバスタオルを放る。
『ま、丸見えだろうが!!』「…えっち」といって女は自室に戻っていった。

さてと、俺は後片付けでもするか。俺は割れたガラスを拾い、ドアに仕掛けたオモリをはずす。
まぁ、ちゃちな仕掛けだが、風呂のドアくらいは気づかれないようにたたけるさ。
ガラスが割れちまったときは驚いたが、気づかれなかったから良しだ。

それから、女はまたいつものように明るくなった。
最近、彼氏ができたらしい。今度俺に会わせてくれるそうだ。
「すっごい、びびりやさんなの。きっと驚かせ甲斐があるよ」そう言う女の表情がまぶしい。
「ふん」俺は憮然としてそっぽを向いた。
…ま、まぁ、退屈だし驚かせてやってもいいかな…。

―END―