喧嘩

897 名前:本当にあった怖い名無し :2006/03/09(木) 22:33:12 ID:wvSpW4630
1/5
夜、オレは車で田舎の山道を暴走気味に走っていた。
仕事で些細なミスをし、それに気づかなかった自分に嫌気がさしていた。

上り下りを何往復しただろうか、疲労感を覚え山頂付近の展望台に車を止める。
車を降り、街の夜景を見下ろし息を吐く。
吐き出した息は白く、数秒で虚空へ消えていく。
しかし、自分へのやるせなさはまだ胸に溜まったままだ。

”ガン・・ガン・・”

静かな空間に金属を叩くような音が響く。
辺りを見渡すが、音の出所は見つからない。

”ガン・・ガン・・”

また響いた。
車の近くから聞こえるようだ。
オレはゆっくりと車に近づき、死角になっている反対側に回り込んだ。
そこには、少し屈んだ状態でタイヤのホイールを蹴っている女性がいた。
女性は肩まで伸ばした髪と今の時期にしては薄着だった。
「なに・・してンですか?」
オレは少し怒りを含んだ口調で問いかける。


898 名前:本当にあった怖い名無し :2006/03/09(木) 22:33:48 ID:wvSpW4630
2/5
女性がゆっくりと振り向く。
失礼ながら仏頂面という言葉がぴったりだと思った。
「それはこっちのセリフ」
どうやら彼女も怒っているらしい。
「こんな時間にうるさいったらありゃしない。
 ゆっくり眠れないから出てきたワケ」
「うっ・・」
オレは言葉に詰まる。
いい訳にしかならないが、車には多少手を入れてあるものの、
迷惑にならないよう騒音には気をつけていたつもりだった。
「それに、なにこの車・・」
彼女はオレを尻目に言葉を続ける。
「ムダにゴツいというか、もっとスタイルのいい車とかあるでしょうに。
 走りにも向いてなさそうだし・・」
その言葉にカチンときた。
「ちょっとまて、確かに音で迷惑をかけた事は悪かったと思う。
 しかし、車にケチつけられる筋合いは無いと思うが」
「ふん、わたしは思ったままを言っただけ。
 車の悪口を言ったつもりはないわよ。
 それとも、突っかかってくるんだから、自覚してんじゃないの?」
彼女は嘲笑するように言った。


899 名前:本当にあった怖い名無し :2006/03/09(木) 22:34:27 ID:wvSpW4630
3/5
オレはその言葉に大人気なく熱くなってしまった。
数十分だろうか、時間はよくわからないが、
罵詈雑言も含め彼女と車について言い合った。

気づけばお互いが肩で息をしている。
――何やってんだ、オレ。
「ふ、ふふふ・・・」
なぜか笑いが込み上げてきた。
「ちょっと、なに笑ってんのよ・・気持ち悪い」
彼女が怪訝な顔でこちらを見ている。
「・・ああ、悪い。なんかどうでもよくなってな」
笑いを噛み殺して答えた。
「どうでもよくなったってなによ?」
オレは彼女にここにきた理由・・仕事でヘマをした事、
ヘコんで山を走っていた事を説明した。
「キミと言い合ったおかげですっきりしたよ。
 ありがとう」
彼女を見つめ心から礼を言った。
「ちょ・・なんであなたにお礼を言われなきゃならないわけ!?
 べ、べつに・・嬉しくとも、な、なんともないんだからね!!」
さっきとは打って変わって、彼女はそっぽ向き視線を泳がせている。
暗くて良くわからないが、頬が少し赤いような気がする。


900 名前:本当にあった怖い名無し :2006/03/09(木) 22:34:59 ID:wvSpW4630
4/5
彼女は気まずそうに言葉を続けた。
「わ、わたしは・・あなたがうるさかったから出てきただけで、
 決して励まそうだなんて、これぽっちも思ってないんだから!」
「ああ、迷惑をかけてすまなかった」
オレは素直に謝り、軽く頭を下げた。
「わ、わかればいいのよ。
 今回だけは・・許してあげる」
「ありがとう」
オレはもう一度、礼を言った。
彼女がたじろぐように、一歩後ろに下がった。
「も、もう用はないんでしょ?
 早く帰ったらどうなの?」
彼女の言葉にオレは腕時計で時間を確認する。
深夜を少し過ぎた辺りだった。
「そう・・だな。明日も仕事だし。
 キミも帰らないとダメだろ?家まで送ってくよ」
オレは彼女を車に乗るように促す。
「・・・私は」
彼女は言葉に詰まった。


901 名前:本当にあった怖い名無し :2006/03/09(木) 22:35:33 ID:wvSpW4630
5/5
オレはなんとなくその理由がわかっていた。
一応この辺は地元で、近くには民家がない事は知っている。
そして、彼女の服と『眠れない』『出てきた』という言葉が引っかかっていた。
「私はいいの、一人で帰れるから・・」
彼女は俯きながら答えた。
「そうか・・気をつけてな」
オレは車のドアを開けてから問いかける。
「また、ここに来てもいいかな?」
彼女は驚いたように顔を上げた。
「なっ、なにばかなこと言ってるのよ。
 わたしもヒマじゃないんだし、いつ来るかわからないあなたを
 待ってるワケないじゃない」
オレは間髪いれずに返答する。
「じゃ、今週の土曜。夜8時頃来るから」
言い終わると同時に車のエンジンを掛ける。
「ちょ、ちょっと、勝手に決めないでよ!
 わたしは待つとは言ってない・・待っててなんかあげないんだから!」
彼女は言葉とは裏腹に笑っていた。
オレは笑みを返し手を振ると車を発進させる。

バックミラーで確認した彼女はどこか透けて見えた。
「さて、安全運転っと」
そしてオレは遅い帰路についた。