のろいのテープ
- 793 名前:たまねぎツンデレ ◆vSaTtgGg0. :2006/03/06(月) 19:24:51 ID:tEpMyOiY0
- …
何で、こんなことするのかですって?
愚問よ、それは。
あなたは私のもの。ただ、それだけ。
なによ、その目は。悲しいの? 苦しいの?
あなたは永遠に私の虜なのよ
…
僕は死んだ。
原因はある日届いた、ひとつのビデオ。真っ白いビデオテープ。ラベルも何も貼っていない。
差出人は不明。説明も何もない。ただ、百合の花が一輪添えられていた。
僕はあまりにも無知で、それでいて愚かだった。興味本位でビデオテープを再生させた。ポルノビデオだと嬉しいな程度にしか頭が働かなかった。
再生すると、30秒ほどのノイズ。不快な砂嵐の音。消そうかと思ったところで、井戸の描写。
じぃっと見ていると、なにか念仏のようなものが聞こえる。気味が悪かったが、僕はそのまま見続けた。
井戸に変化が現れる。女が這い上がってくる。そして、僕をみて言った。
「ミツケタ」
それから、僕は頭の中が真っ白になった。気がつくとビデオを壊していた。中にあるテープも取り出すことなんて出来はしない。
のろいのテープ。そういえば、そんな映画や小説がはやったっけ。フィクションだと自分に言い聞かせた。
だが、一週間後、彼女が迎えに来た。
だから、こうして僕はここにいる。
彼女の遺体の眠る場所。暗い井戸の底。
- 794 名前:たまねぎツンデレ ◆vSaTtgGg0. :2006/03/06(月) 19:25:54 ID:tEpMyOiY0
- 僕が死んだとき、僕は自分の遺体をみた。あまりにこっけいな顔をしていた。恐怖の張り付いた顔。
他人のものなら、怖かったろう。だが、自分のものは意外とそうでもない。その間抜けな顔に僕はひとしきり笑った。
「どうして、ビデオを壊したの?」
彼女が言う。
僕は虚勢を張って言ってやったよ。
「僕一人が犠牲になるだけで終わるんだろう?」彼女はちょっと意外そうな顔をすると、
「このテープは一本だけじゃないのよ」だってさ。
「とんだ、無駄死にね。あなた。英雄気取りだったのかしら」
もちろんそんなつもりはない。動転して、ビデオデッキごと壊しただけさ。
悔しいから言わないけどね。
それから、僕は彼女と行動を共にしている。
気がついたんだが、どうやら、ビデオテープは複数あっても、再生しなければ、彼女は影響を与えられないらしい。
大方の場合、ビデオテープは捨てられているようだ。当たり前だ。無用心なのは僕みたいな思春期の男くらいだろう。
だから、彼女のそばには僕一人だ。
「君は貞子?」僕は前から疑問に思っていたことをたずねる。
「ふん、違うわよ。彼女よりずぅっと後に産まれたものよ」どうやら違うらしい。
「他にも僕みたいな犠牲者っているの?」「いないわ。おめでとう、あなたが私の犠牲者一号よ」…なんとも名誉なことだ。
僕は彼女と共にビデオテープが再生されるのを待ち続けていた。
結局、再生されることなく、多数あったテープは破棄され、最後の一本だけになってしまった。
そして、それはある男性の家に届けられていた。
- 795 名前:たまねぎツンデレ ◆vSaTtgGg0. :2006/03/06(月) 19:27:31 ID:tEpMyOiY0
- その男性は…再生させた。
…
30秒ほどのノイズ。
…
不快な砂嵐の音。
…
井戸の描写。
…
念仏。
…そろそろ彼女の出番だ。
だが、僕はその男性の部屋に写真立てがあるのに気づいた。
子供と奥さんを前にした幸せそうな男性。
(やっぱ、いけんな、こんなこと)
僕は井戸から這い上がった女を追いかけた。
今まさに上りきろうとしている彼女を捕まえ、こっちを振り向かせた。
怒りの表情を浮かべる彼女に僕は…
キスをした。
男性は井戸が延々と写り続けるだけのビデオを停止して、そのままゴミ箱に捨てた。
- 796 名前:たまねぎツンデレ ◆vSaTtgGg0. :2006/03/06(月) 19:28:57 ID:tEpMyOiY0
- 「な、なにするのいきなり!!」スパンと頬をはたかれる。
霊体も霊体同士なら、殴れるものなのかと妙に感心する。
「なんでこんなことするの?」
「な、何で、こんなことするのか? 愚問よ、それは」彼女は少なからず、動揺しているようだ。
気づいていないだろうが、彼女の指は僕の唇の感触を確かめるかのように己の唇をなぞっている。
「なぜ、僕はいつまでも君のそばにいるのか考えてみた」僕は彼女の瞳を見ながら言う。
「あなたは私のもの。ただ、それだけ。思い上がらないで」顔が高潮している。怒っているというよりも、これは。
「なによ、その目は。悲しいの?苦しいの? ふん、あなたは永遠に私の虜なのよ」そっぽを向く。
「じゃ、僕はずっと君のそばにいられるんだね?」
彼女ははっと僕に振り向く。
「僕がそばにいてあげるよ。君が満足するまで。そして、成仏して、その先が地獄だったとしても」
実はこれ、本心さ。彼女はきれいだった。そして、はかなげだった。
他人を見つめるその瞳の奥には暗い情念がくすぶっているが、僕はその奥に深い悲しみの光を見た。
僕はそれを癒してあげたくなったのさ。
…まぁ、哀れみといってしまえば、それまでだが。
「か、勝手なこといわないでよ。私はあ、あなたなんか…」まだ、ちゃぁちゃぁ言うか。
「む、むぐっ」唇をふさいでやる 。やさしく。
「な、な、に、、ん、ふっ…」僕は彼女の体を優しく抱きしめる。いつしか、彼女は瞳をつぶっていた。
体を離す。
「僕が、君のそばにいる」静かに、だけど力強く彼女の耳に届ける。
「ば…馬鹿…」彼女は俺の胸に顔をうずめて嗚咽を漏らす。
ここは暗い暗い井戸の底。彼女の体が眠る場所。
僕はここで彼女と二人きりで墓守をするのだ。
…僕は彼女の永遠の虜さ…