今あなたの後ろにいるの8
- 781 名前:1/4 :2006/03/06(月) 00:59:45 ID:Qc4wGz1J0
電話のベルが鳴る。
この場――四畳一間の殺風景な部屋――には異質な、禍い気配。
「わたし、メリーさん」
昨日から、電話越しに聞いていた、刃物のように鋭利で、花のように可憐な声。
…その声の主がどんな人なのかって、想像したりもした。
というか、電話をかけたのはこっちだ。 噂を信じて、やってみた。
「今、ドアの前」らしい。 楽しみだ。 ……楽しむのは間違いかもしれないけど。
「―――――今。 あなたの、後ろにいるの」
背後から視線を感じて、咄嗟に振り向いた。 …彼女の顔が、見てみたかったから。
「……………な」
白く、まるで雪のような肌。 肩まで伸びた、漆黒の髪。
そして、人形のように整った顔。 その表情からは、何ひとつ読み取れない。
……ただ、目だけは違う。 カエデのように紅いその目からは、明確な殺意が感じられた。
着ているのは、黒のドレス。 とてもよく似合っている。
どこをとっても、完璧と言っていいくらい、美しかった。 ……右手にもつ大鎌が、どこかアンバランスだが。
男として。 こんなキレイな子に殺されるなら、本望だろ。
平々凡々に、病気かなんかで死ぬよりずっといい。
……なんてコトを考えていると、彼女がその小さな口を開いた。
「…私に殺される前に答えて。 何故、自分から電話を掛けたの?」
「すごいキレイな子だって聞いたから、掛けてみた。 ここまでキレイだとは思わなかったけど」
…僕がそういうと、彼女は僕をぎろり、と睨みつけた。
「笑えない冗談はいいわ。 …そんな、ちっぽけな理由で自分の命を掛ける人間なんて、見たことないもの」
…ジョークだと思われてるらしい。 心外だなぁ。
「価値観っていうのは、万人共通ってわけじゃないからね」
「…そうね。 あなたの価値観は、普通の人間とはかけ離れているわ」
嘘じゃない、と納得してくれたらしい。 呆れているようだけど。
「ところで。 少し、話をしないかな? 自省の句、ってやつだと思って」
こくり、と頷く彼女。 それが、彼女のイメージと重ならなくて、ちょっと笑ってしまった。
- 782 名前:2/4 :2006/03/06(月) 01:00:27 ID:Qc4wGz1J0
「…なにが、おかしいの?」
「いいや、なんでも。 それじゃあ、お近づきの印にこれを」
冷蔵庫まで歩いて、ヤクルトを取り出す。
「…いらないわ」
差し出すも、払いのけられた。
「……おいしいのになぁ、ヤクルト。 うーん…いちご大福食べない?」
戸棚から大福を取り出す。 賞味期限はまだ大丈夫だ。
「いらないって、言ってるでしょう」
またも払いのけられる。 …こまったな、もう女の子にあげるような物がない。
「ああ、もううまい棒しかないね。 僕まじすげぇひでぇ劣悪なる環境下」
「さっきから、しつこいわね。 …何が目的なの?」
……目的もなにもない。 僕は、ただ――――
「君の笑顔が見てみたい、かな」
その凍った表情を、溶かしてあげたいだけなんだ。
だって、だってさ。 誰からも怖がられてて、ずっとひとりでいる。 それは、何よりも辛いことじゃないか。
その苦痛は、彼女にしかねぎらえないものだ。 けど…彼女だって、僕らと同じで感情を持っている。
……だったら。 僕ひとりでも、彼女の苦痛をねぎらってやりたい。
だって、誰からも理解されないなんて。 …そんなの、虚しすぎる。 哀しすぎる。
「恩を着せがましいわね。 …気持ち悪いわ、そういうの」
「うん、そうかもね。 ……でも、本心だよ。 君の笑顔が見てみたいって言うのは」
思っていることが、すぐに口から出てしまう。 …ああ、恥ずかしいな。
――――――たぶん。 僕は、彼女に惚れている。 これ以上ないってくらい、首っ丈に。
「食べれないってわけじゃないなら、食べてよ。 最後の頼みだと思ってさ」
「…食べ物を食べるバケモノなんて、いないわ」
……その発言に、なぜか、かちんときて。
「君は、バケモノなんかじゃ、ない…!」
…自分の口から出たとは思えないくらい、力強かった。
- 783 名前:3/4 :2006/03/06(月) 01:01:04 ID:Qc4wGz1J0
「……君は、さびしくないのか? バケモノと罵られて、恐れられて」
「さびしくなんか……ない」
その声は、なぜか震えていて。
「―――――いいや、嘘だね」
それが強がりだって、僕にもわかった。
「……わたしは、罵られて当然だもの。 何人も死に追いやった、バケモノなの……!」
自分をバケモノという少女の、悲痛な、叫び。
「君は、バケモノなんかじゃない。 そんなキレイな顔したバケモノ、いるもんか。
……何よりさ。 そんなさびしそうな顔したヤツが、バケモノであるはずないだろ」
子供みたいな理由だけど、一種の確信があった。
「でも……わたしは……」
「覚悟が出来てるやつ殺したって、罪じゃないだろ。 逆に遊び半分で呼ばれても、僕なら怒ってそいつら殺すね。
だから、君が僕を殺したって、僕は恨まない。 だって、悪いのはこっちなんだからさ。
――――――――そういうもんなんだろ。 誰かを殺した苦痛は、君にしかねぎらえない」
……冷たい言葉。 だけどこれは、誰かが言わなきゃいけないことだと思う。
「だけど、苦しみは分かち合うことができる。 …だから、僕に少しでもその苦痛を、共有させてほしい」
「……あなたは、わたしとなんの関わりもないじゃない…」
「関わりって、最初からあるものじゃないだろ。 少しずつ少しずつ、作ってくものだ。
あは、こんなこと言う理由は簡単なんだ。 僕は、君に惚れてる。 …それだけだけど、命を掛けれる」
…きょとんとしている彼女が、愛しくなって。
「もういちど、言うよ」
息を、強く吸い込んで。
「君は、バケモノなんかじゃない」
―――――そういって、つよく抱きしめた。
- 784 名前:4/4 :2006/03/06(月) 01:04:37 ID:Qc4wGz1J0
「……あなた、ばかよ…」
「そうかな。 普通の男なら、君をバケモノだなんて思わないよ」
「………ほんとに……ばか……!」
――――そんな風に強がる彼女が、どうしようもなく、愛しくて。
「あぅ……!」
彼女が痛がるくらい、つよく抱きしめた。
「ずっと、そばにいるから。 君が迷惑だって言っても、そばにいるから。 …約束だ」
「やく、そく……?」
「ああ、約束だ。 命、掛けるよ」
…この胸の中の少女を、少しでもいたわってあげたい。
そんな表情のない顔しないで、笑っていてもらいたい。
――――――でも、ほんとは、そんな高尚な理由じゃなくて。
ただ、そばにいて、君の笑顔を見ていたいだけなのかもしれない。
そんな僕の心を見透かすかのように、彼女はこう呟いた。
「……約束、守ってもらうからね」
そんな強気な態度も、また彼女らしい。
「うん、よろこんで」
――――――僕がそういうと、彼女は。 花咲くように微笑んだ。