鏡の中の女

632 名前:たまねぎツンデレ ◆vSaTtgGg0. :2006/02/28(火) 14:57:16 ID:auPOj4eu0
――私を見て 私はココにいる ココよ コ コ… 
――ほら、あ な た の う し ろ

僕の学校の踊り場には鏡がある。ただし、この西棟の階段の3‐4階部分にだけだ。
こういったものにはお決まりの怪談がある。曰く、異次元の扉だの、悪魔の通路だの。
僕はそういったことを信じていなかった。思春期の浮かれた女たちの他愛もないうわさだと。

その日は疲れていた。生徒会室でうとうとしていた。気がついたら夜だった。
僕は荷物をまとめ、近道のために西棟から急いで帰ろうとした。
例の鏡の前を通ったときだ。
呼ばれた気がした。つ…と鏡に視線を移す。僕がぼんやり立っているだけだ。
気のせいか…。…!?いや、気のせいじゃない。一人で映っていなければいけないはずの鏡に、女がいた。
鏡の端っこにひざを抱えて上目遣いで僕を見つめている。
冷や汗が一気に噴き出した。恐る恐る、鏡から視線をはずし、横を見る。

何もない。

女は、鏡の中にだけいる。

633 名前:たまねぎツンデレ ◆vSaTtgGg0. :2006/02/28(火) 14:57:53 ID:auPOj4eu0
女は立ち上がり鏡の中の僕の真横に来た。もちろん、現実の僕の横には誰もいない。うごけない。
そっと女は僕の手に触れる。手を僕の体に這わせていく。腕から胸、胸から顔。
現実の僕にもその感触はある。体が、金縛りにあったようにうごかない。
女はにぃっと笑うとささやいた。
「こわいの…?」こ、こわい。声はでず、思考で答える。
「臆病者…ね。こちらに来る?」と僕の手をまた、握りなおした。冷たくひやりとした感触。
鏡の女はその手を自分の胸に押し付ける。なんだろう、怖いのになんだか悲しい気分になった。
女の瞳には、怪しい輝きと寂しさが同居していた。この子…。
「さびしいんだね?」そのとき急に、自然と言葉がでた。
女ははっとして、僕を見つめた。
「…!」ぱっと僕の手を離し、ハンカチを投げつけられた。
「あ、汗臭いのよ、あなた。やっぱり連れて行くのはゴメンだわ」というなり女は消えた。
踊り場には女物のハンカチが落ちていた。小夜子と名前が書かれていた
僕はそれを拾い、校舎をあとにした。

次の日、古株のT先生にその話をした。
先生によると15年ほど前にその女性は存在したそうだ。
階段から落ちて、亡くなったらしい。
状況からみて、彼女は夜、帰宅しようと急いで、階段を踏み外したらしい。
さびしがり屋だが、心の優しい女性だったとT先生は語った。

僕はその日、校舎が暗くなるのをまち、例の鏡の前にハンカチを置いた。
女はいなかった。ただ、鏡に、

『夜、走ると危ないんだからね』

…とチョークで書かれていた。