マヤ

922 名前:長文投下行くぜー 1 :2006/02/05(日) 18:29:55 ID:SFTsRqx70
 ぼくには麻耶という娘がいる。
 妻の由紀は、麻耶が3つのときに死んだ。 交通事故だった。
 ぼくの両親は既に亡く、妻の家族もいない。
 会社の理解もあり男やもめで育てていた。

 朝、幼稚園へ娘を送り、出社。
 夕方5時に会社を抜け出し、幼稚園へ迎えに行き、帰宅。
 食事を作って一緒に食べ、8時には寝かせて帰社。
 それから25時まで働いた後、帰宅。
 体力的、精神的には相当苦しかったが、麻耶と夕食を取る事ただそれだけを励みに今まで生きてこれた。

 しかし最近、麻耶の様子がおかしいことに気がついた。
 なにも無い空中を見上げて笑顔を浮かべたり、話しかけたりしている声が聞こえる。
 そこには誰もいないというのに。


923 名前:2 :2006/02/05(日) 18:30:44 ID:SFTsRqx70
 母親のいない寂しさによるストレスなのか…?
 麻耶は想像の中で由紀と会っているのかと思うと涙が出る。
 会社が休みの日曜日、遊園地へ行って麻耶と遊んだ。
 ぼくにとっても至福の時間だった。

 コーヒーカップではしゃいでいる麻耶が唐突に言った。
「おねえちゃんもくればよかったのにねー」
「お姉ちゃんって誰だい?パパに教えてくれないかな?」
「いつもうちにいるおねえちゃんだよー」
「え、パパは会ったことがないなぁ」
「おねえちゃんね、まやをママに会わせてくれるんだって!」

 ――麻耶の話し相手は妻ではない?


924 名前:3 :2006/02/05(日) 18:31:52 ID:SFTsRqx70
 娘が寝静まった深夜、半信半疑で暗闇に話しかけた。

「居るのか?」
「………」
「お前は誰だ… 娘をどうするつもりだ?」
「………」
 数秒?数分? 長い沈黙の後、苦笑しかけたぼくに
 妻の声ではない若い女の返答が確かにあった。

「…迎えに来たのよ」
 酷く悪寒がした。姿を見せず声だけが聞こえてくる。
 コイツは何だ?

「お前は由紀ではないな。迎えに来たとはどういうことだ?」
「あの娘だってお母さんに会いたいはず」
「…くっ」
「貴方、父親としてこれで良いと思ってるの?」
 誰にも言って欲しくなかった残酷な一言を言われた怒りと、
 妻を失った哀しみに打ちのめされたぼくは、搾り出すように叫んだ。

「…お前に何がわかる!」
 女の声は、ひどく冷たい声でこう答えた。

「だってマヤ、私といてもどこかさびしそうだもの」


925 名前:4 :2006/02/05(日) 18:32:40 ID:SFTsRqx70
 恐怖だった。今のぼくが麻耶を失ったら、もうとても生きてはいられない。
 翌朝すぐ、会社に急の休みの電話をいれ、なりふり構わず伝手を頼り緊急で除霊に来てもらう手配をした。

「かなり未練の強い霊でした。 地縛霊というわけでもないようなのですが」
 除霊の済んだ後、人懐こい笑みを浮かべて霊媒師は言った。
「安心してください、もう大丈夫です」

 幼稚園へ迎えに行き、帰宅してすぐ麻耶は不安そうにぼくを見上げた。
「ねーパパー?おねえちゃんは?」
「お姉ちゃんはもういなくなっちゃったよ」
「おねえちゃんは? どこいったのー? ねぇ!」
「麻耶がいい子にしてればまた遊びに来てくれるってさ」
 麻耶をなんとか寝かしつけ、ぼくは娘にウソをついた後味の悪さと
 全てが解決した安堵感に一杯だった。

927 名前:5 :2006/02/05(日) 18:33:16 ID:SFTsRqx70
「申し訳ありませんお父様! 昼前から麻耶ちゃんの姿が見えないのです…」

 夕方会社にかかってきた電話で、ぼくの心臓は凍りついた。
 保母の泣く声をバックに、丁寧ながらどこか卑屈な園長からの電話だった。
「早めにお知らせしようとしたのです、ですが」
 言い訳めいたダミ声を聞いている暇など無い。電話を叩きつけると幼稚園へ走った。
 まず自宅を探す、いない!

「クソッ…あの化け物か…ッ!!」
 あの時ぼくは確かに発狂していた。妻の事故の知らせを受けたとき以上に必死だった。
 街中を叫び歩き、警察で泣き叫び、絶望の淵で自宅に帰りついた。
 
「パパー、おねえちゃんいたよー。 おおけがしてるよー」
 扉を開けた麻耶の肩越しに、醜く焼け爛れた化け物が、廊下の向こうにいるのが見えた。

928 名前:本当にあった怖い名無し :2006/02/05(日) 18:33:50 ID:SFTsRqx70
 ぼくは麻耶をひっつかむと、車に乗り込み急発進させた。
 逃げなければ! 逃げなければ! あの化け物から逃げなければ!

「ばかぁーっ! あぶなぁーいっ!」
 恐慌にかられていたぼくが我に返ったとき、アクセルを踏みっぱなしだった車は
 ガードレールを突き破って空中に浮いていた。

 崖下で逆さまに転がった車の中で、ぼくと麻耶は奇跡的に無傷だった。

「ばか! あんたねぇ! マヤ乗せてなんて運転してるのよ!」
 化け物に怒られるぼく。もうわけがわからない。

 ひとしきりマシンガンの様に説教したあと、一息ついて化け物は言った。 
「あ…私もう限界みたい…」
「あーあ、せっかくお節介焼きに来たのになー。 由紀姉さんのとこに行くね」
「じゃあさよなら、義兄さん、マヤ」
 一瞬、妻によく似た笑顔を残し、化け物はすぅーっと消えていった。


929 名前:7 :2006/02/05(日) 18:34:22 ID:SFTsRqx70
 ぼくは勘違いをしていたらしい。とても酷いものを。

 ぼくは職を失った。
 会社に急に休みを入れた次の日に無断早退、
 気を狂わせて行方不明のはずの娘と無理心中しようとした父親、のような男に世間は甘くない。
 散々検査だの精神鑑定だのを受けたあと、娘と暮らすことはどうにか許された。 

「麻耶ー、ご飯できたぞー。 早紀もいったん中断しろよー」

 化け物――いや妻の妹の早紀はケロッとした顔で帰ってきた。
 私は成仏出来ない体質なのよ、だとか。
 学生のうちに病死した後、由紀に取り憑いてずっと見ていたらしい。

「私を通して由紀姉さんと会話できないかなと思ったのよ」
「由紀姉さんは幽霊になれないみたいだしね」

「全く、どうして由紀姉さんはこんな不器用な男に惚れたんだか」
「あんな無理な生活してて身体壊したら、マヤをどうするの?」
「あたしが稼いであげるから義兄さんはマヤと遊んであげること!」


930 名前:8 :2006/02/05(日) 18:34:59 ID:SFTsRqx70
 麻耶は家に常にぼくがいてうれしそうだ。
 チャーハンをもぐもぐさせながら、幼稚園に気になる男の子が出来たと報告してくれた。
 な、なんだってー!?

 今、彼女――早紀はパソコンの前。
「生扉豚社長タイーホキター! 生扉ショックで業界株ガタ落ちウマー♪」
「ちょっと! 取引停止ってどーゆーこと!? 東証なにやってんのーッ!」
 良く分からないけどぷりぷり怒りながら食卓へもどってきた。

「ねぇ義兄さん、明日は三人でディズニーランド行こっか♪」


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超長文お疲れ様でした。ウゼーってかたごめんなさい。
ありがちな話ですが、ツンデレ(?)かつ義妹かつ幽霊という
わけわかんないキャラが降りてきたんで書き上げました。