ヨツカドさん

611 名前:本当にあった怖い名無し :2006/05/21(日) 21:54:47 ID:VGIXGi5l0
昼休み@2A教室

「ねえ、ゆっきー知ってる? 出たんだって」
「アンタ食事中に、そういう話題やめなさいよ。卵焼きもらい」
「違うわよっ! 四角さんよ、よ・つ・か・ど・さん!」
「セブン&アイがどうしたってのよ? ベーコン巻き頂き」
「“ヨーカ堂”じゃ無くて、“ヨツカド”っ! ちゃんと聞いてよ」
「で、そのヨツカドさんとやらは、何組の子なの? キンピラGET!」
「四角さん知らないの? ちょー有名だよ?」
「少なくとも私にとっては有名人じゃないわね。えーっと、ブロッコリー」
「むっふふ〜。違う違う、“人”じゃないのよ」
「ふーん、まさか妖怪とでも言うわけ? んー、ニンジンのグラッセ」
「むふー。そのまさかなのよ。四角さんはそっち系なのよ」
「四角、ってぐらいだから、交差点で死んだ人の幽霊? ごはんごはん」
「ちがうのよ、四角さんって言うのはね……、」


「──つまりはそういう、えーっと……思念体? みたいなものなの」
「何で疑問系なのよ。でもまあアンタにしちゃよくできたお話ね」
「違うよ、お話じゃなくて本当のことだよ! ──って、ああっ!?」
「今度はどうしたってのよ。三叉路さんでもいたの?」
「そうじゃないの、いつの間にかわたしのお弁当が減ってるの!」
「ああ、妖怪小林さんの仕業ね」
「そうなんだ……って、それって、ゆっきーじゃないのさ!」

612 名前:本当にあった怖い名無し :2006/05/21(日) 21:55:53 ID:VGIXGi5l0
目覚ましは電池が切れたらしく、アラームの鳴る3分前で止まっていた。
歯磨き粉も洗顔剤も切れており、買い置きを探すのでだいぶ時間をロス。
盛大な寝癖は、なかなか右跳ねが収まらず、ワックスで無理矢理固めた。
靴下は見つからず、ワイシャツはボタンが飛び、ファスナーがシャツを噛む。
食パンをセットしておいたトースターは何故かコードが抜けており生のまま。
慌てて家を出れば、靴紐が音を立てて千切れ、二歩目でもう片方も切れる。
ここまで来ると、半ば予感はしていたが、案の定、自転車の後輪がパンク。

一縷の望みに賭け、車で送って貰おうと姉の部屋のドアを開けた。
その結果、高速飛来したマクラとキス。蹲る俺、悠々と寝る姉。死ね大学生。


そして俺は、朝っぱらから長距離猛ダッシュをする嵌めになっている。
その途中も道路工事、横断歩道の老婆、そば屋の出前、バナナの皮……
下手なコントの──いや、むしろ下手なマンガの初回のようなベタ展開。
事実は小説よりも、などと言うが、もはや呪われているとしか思えない。

さすがにここまで来ると、次に来る展開も何となく予感できた──

「──くそっ、いい加減にしやがれっっ!!」

見通しの悪い交差点から飛び出してきた少女。
完璧に衝突コース。それでも何とか避けようと、無理矢理に身をひねる。
筋肉が悲鳴を上げ、物理法則が笑い、それでも何とか衝突だけは回避。
──その代償に俺は、歩道脇の生け垣にダイブ。ドシャグシャバキバキ。

613 名前:本当にあった怖い名無し :2006/05/21(日) 21:56:55 ID:VGIXGi5l0
「痛ってぇ……」
茂みから這い出す。見なくとも顔や腕を擦り剥いていることが分かる。
おまけに足首にも違和感がある。まだこれから走らなければならないのに。
──って、そんなことよりも、

「ごめん、大丈──、」

ぶつかりかけた少女に謝ろうとして──息を飲んだ。
生まれて初めて、何かに“見とれる”という経験をした。
先程は避けることに必死で見ていなかったが、驚くほど綺麗な少女だった。
現実味の薄いほどの美。まさに男の理想の体現がそこにいた。
「…………」

────だが、

「ばーっかじゃないの?」

満身創痍の俺に対し、彼女の言葉には一切の優しさがなかった。
まるで肉屋の店先に並ぶ運命の豚を見るかのような冷たく残酷な視線。
息子の肉を食わされた将軍(おっさん)のような絶対零度のツンドラ視線。

お陰で金縛りが解けた。ついでに朝からの鬱憤がムカムカと湧き上がる。

「バカとは何だ、このバカっ! お前が飛び出してくるのが悪いんだろ!」
こちらは大通り、彼女の出てきたのは脇道──すなわち正義は俺にあり。
しかも避けてやったのは俺だ。感謝の一つぐらいするのが筋だろう。

「何言ってるのよ。これも全部、アンタ達のせいでしょ。自業自得じゃない」
「──は? 何で俺の──っていうか、“達”って何だよ」
わけが分からん。いい加減、電波さんの時代は去ったと思ったのだが。

614 名前:本当にあった怖い名無し :2006/05/21(日) 21:58:17 ID:VGIXGi5l0
「いいえ、アンタ達の責任よ。自覚無いなんて、ホント最低ね」
「だから何の話だよ。わけ分かんねえよ。直立のままで頭ぶつけたのか?」
「っっ、誰がそんな器用な真似できるって言うのよ!」
「だよな、見るからに不器用そうだし」
「むっきーっ! 出来ることならアンタの首を絞めてるところよ!」

売り言葉に買い言葉。分かっていても抜け出せないスパイラル。
「あのなぁ、こっちは身を挺してお前を庇ってやったんだぞ」
そりゃ、こっちに非が無いわけも、頼まれて避けたわけでもない。しかし、
「──無駄な努力、ご苦労様」
こう不貞不貞しい態度で返されては、退くわけにはいかない。
「無駄とは何だよ。俺が避けてなきゃ、今頃お前は──」
「アンタが私に、ぶつかれるわけ無いでしょう」

「……何を言ってるんだ、お前?」
急に静かになった相手に対し、冷静さを取り戻す。同時に不審になる。
視線は彼女の正気さを物語っている。だというのに言葉は要領を得ない。
妙な胸騒ぎ。唐突に以前聞き流した噂話が、脳裏を過ぎる。

ほら、だって私──そう言うと、彼女は壁に向かって手を伸ばした。

すっ、と音もなく、吸い込まれるように壁をすり抜ける腕。
勝ち誇ったように、ふふん、と鼻を鳴らす。口元は、どこか自虐めいた嗤い。

「──幽霊、?」
「と言うよりも思念体ね。実体が無い、という点では一緒だけど」
そう言って、見た目には生身としか思えない腕をヒラヒラと振るう。

「どう、これで分かったでしょ? アンタが私に触ろうなんて無理なのよ」
「──……お前、いったい何者だ?」

      「“ヨツカドさん”、──そう呼ばれてるわね」

615 名前:本当にあった怖い名無し :2006/05/21(日) 21:59:27 ID:VGIXGi5l0
朝@2A教室

あの後、私なりに“四角さん”の情報を集めてみた。
まずネットは全滅。色々なサイトを巡ったが類似の話すら見あたらなかった。
しかし、その後の聞き取り調査では、すんなりと情報は集まった。
学内では意外と認知されているらしい。どうもこの学園特有の話のようだ。
なお、“それ”のパーソナルは極めて簡単である。

遅刻しそうになり必死に走っていると男子と、曲がり角で衝突しようとする。

……イメージが湧かなければ、マンガ喫茶で適当なマンガを見繕えばよい。
参考となるシーンが手を変え品を変え、山のように見つかることだろう。
逆に言えば、“それ”はそれ程までに皆から望まれているということか。

“彼女”は人々の“想い”から“生み出された”、いわば“思念体”らしい。
共通認識、強い想いは、時にこんな奇跡までも生み出してしまうものなのか。

さて、大部分の情報提供者は、彼女について口を揃えて“恐ろしい”と言う。
何故か。話を聞く限り、男子生徒にとっては喜ばしい事象ではないのか。
ある情報提供者はこう語った。

『──だって、生殺しじゃないですかっっ!!』

多くの男達が夢見るシチュエーション。しかし、“彼女”は“思念体”である。
絶好のシチュエーション。聞けば “それ”の外見は美少女らしい。
そこまでのお膳立てが揃っていながら──彼女に“触ることは出来ない”。

つまりは、曲がり角での“衝突”という、メインイベントが欠落しているのだ。

──今回の調査結果から、私が下した結論はこうだ。

「……、…………、ば〜っかじゃねぇの?」

616 名前:本当にあった怖い名無し :2006/05/21(日) 22:00:32 ID:VGIXGi5l0
朝・予鈴前@2A教室

「おはよ、ゆっきー。どうしたの、王に謀反を起こす将軍のような顔をして?」
「誰がハルパゴスよ。──アンタこそどうしたのよ。今朝は早いじゃない」
「えー、そんなことないよ? いつも通りの時間だよ」
「……あ、本当。まだアイツが来てないから、てっきり──……何よ?」
「むふふ〜、ゆっきーはラブラブだ〜♪」
「ちょ、ちょっと! 何で私があんな奴とっ!!」
「むっふふー♪ ……でもホントどうしたんだろうね。いつも時間通りなのに」
「知らないわよ。って言うか別にアイツが遅れようが私には関係ないし」
「実は、四角さんに逢いたくて、わざと遅れて家を出てたりしてたりして」
「──なっ!? あ、アイツにそんな度胸があるわけ無いでしょ!」
「いやーん、信頼してるのね。らぶらびゅー♪」
「〜〜〜〜〜〜っっ!!」
「痛っ! ちょ、ゆっきー痛い、イタイ痛たたた、あらららーいっっ!!」


「でもさぁ、ゆっきー。……可哀想だよね」
「可愛そうって、誰がよ?」
「──四角さん」
「……どうしてそう思うの?」
「誰かにぶつかるために生まれてきたのに、それが果たせないなんて」
「……確かに、えらく矛盾した存在よね」
「だからね、四角さんはきっと、苦しくて──寂しいと思うんだ」
「……心配しなくても、誰か現れるんじゃないの? ぶつかってくれる人がさ」
「そうかな?」
「そうよ。そうじゃなきゃ──本当に、可哀想じゃない」
「──むっふ〜♪ ゆっきーってクールぶってるけど、ロマンチストだよねー」
「な、何よ! いいじゃない。ハッピーエンドを望んだって!」
「うん、いいよ。全然おっけー。わたしゆっきーのそういうところ大好き♪」

「──でも、もし本当にぶつかる人が現れたとして、その後はどうなるの?」

617 名前:本当にあった怖い名無し :2006/05/21(日) 22:01:25 ID:VGIXGi5l0
「──というわけ。だから誰も私に触れるわけないの」
“ヨツカド”と名乗る少女は、自身の説明を終えると、再び自虐的に笑った。

「……じゃあ、何でお前はこんなこと続けてるんだ?」
「こんなことって?」
「わざわざ曲がり角で人とぶつかる振りをして、楽しいのか?」
「──別に。毎朝こうしてるのは、単に私が“そいういうもの”だからなだけよ」
イライラする。それじゃあ何処にこいつの意志があるっていうのか。
彼女が満足しているのならばいい。しかし自虐的な顔が気にくわなくて──

──がしっ、と彼女の頭を抱え込むように“掴む”。

「え────? あ、え、あ……あれ?」
状況が飲み込めていない彼女を無視して、頭を後ろに引き──、

────ガツンッ!

「痛ったーっ! な、何するのよ!! ──って、ええっ!?」
「馬鹿野郎、こっちだって痛かったわ!」
「や、そうじゃなくって、え、今の、その……頭突き──?」
「そうだよ。いちおう手加減してやったから、感謝しろ」
予想以上の衝撃に、思わずおデコに手を当てたくなるが、必死に我慢する。

「え、ちょ、ちょっと待ってよ! 何でアンタ、私に触れてるのよ!」
「世の中には、お前みたいなヘンテコな存在もいれば、」
「──だ、誰がヘンテコよ!!」
自覚しろよ。──まあ、他人のことを言えない身なのが哀しいが……
「お前みたいなヘンテコもいれば──それに触れるヘンテコもいるんだよ」
「──え?」
呆けた顔をする彼女。あまりに無防備なので、思わず脳天にチョップ。
「へうっ! ったぁ〜……何するのよ──って、また触ったっっ!?」
「いいか、お前だけが特別ってわけじゃないんだ。調子に乗るな、このバカ」

618 名前:本当にあった怖い名無し :2006/05/21(日) 22:02:50 ID:VGIXGi5l0
「お前、何かしたいこと無いのか?」
「……こうして毎朝やってるじゃないの」
「それは、したいことじゃないだろ。そうじゃなくて“お前がしたいこと”だよ」

「……私が──?」
急に見知らぬ場所に迷い込んだように、視線が彷徨い出す。
「わ、私は、曲がり角で、誰かとぶつかる──そういう存在、だから……」
「でもぶつかれないんだろ? だったら無駄じゃないか」
「──っっ、じゃあ、どうしろってのよ!!」
「ハムスターみたいに、いつまでも回ってないで、探せばいいじゃないか」
「さ、探すって、何をよ!」
「──やりたいことをだよ」

彼女の目が、小動物のように見開かれる。
「別にしたくてしてたんじゃないんだろ? なら他のことしてもいいじゃないか」
「な、なに簡単に言ってるのよ! 私は“四角さん”なのよ!」
「それが?」
「そ、それがって──許されるわけ無いじゃない!!」
「誰が許さないの?」
「だ、誰がってわけじゃないけど……」
言葉尻がフェイドアウトして、むにゃむにゃと、聞き取れなくなる。
どうもパニックで思考が空回りしているようだ。
おそらく今まで律儀に存在理由とやらを守ってきていたのだろう。
見かけによらず、真面目な性格なのかもしれない。

「──ねえ、私にも新しい存在理由、見つけられる──かな?」
不安そうに、それでいて、どこか期待をもった眼差しで見つめてくる。
すでにそれは、何かを見つけた者の瞳だ。──ならば大丈夫だろう。

「まあ、のんびり探せば? ──って、俺はのんびりしてる場合じゃねえ!」
時計を見ると──ヤベぇ、絶対間に合わねえ!
「満足したらとっとと去れ。って言うか、俺はもう行く。じゃっ!」

619 名前:本当にあった怖い名無し :2006/05/21(日) 22:03:38 ID:VGIXGi5l0
朝・予鈴後@2A教室

「遅い! 何やってたのよ」
「いや、朝っぱらから、ちょっとした災害に遭ってさ」
「災害? 何よそれ」
「いや、ほんと大変だったんだって。完璧に遅刻覚悟したし」
「ふーん。でもまあ、ギリギリ間に合って良かったじゃない」
「うん、たまたま通りすがった西江先輩の後ろに乗せて貰えて……」
「──アンタまだあの人と交流してるの? 止めなさいよ」
「そう言うなよ。先輩、あれで以外と面倒見のいい人なんだぜ」

「で、何してたのよ。まさか四角さんとでも遊んでたとでも言うつもり?」
「え────?」
「……ちょっと、何でそこで止まるのよ」
「あ、いや、そういや予鈴過ぎてるけど、先生は?」
「話題を逸らすな、視線を逸らすな、質問に答え──」

────ガラガラッ

「こらー、お前ら席に着けー。そこの夫婦、いつまでいちゃついてる」

「「──っっ、だ、誰が夫婦ですかっ!!」」

「むっふー♪ ゆっきーたち、息ぴったりー」
「「ばか、そんなわけ──……、っっ!!」」
「ほら、夫婦漫才はその辺にして、早く席に着け」

620 名前:本当にあった怖い名無し :2006/05/21(日) 22:05:12 ID:VGIXGi5l0
朝のHR@2A教室

「えー、こほん……喜べ男子諸君、美少女転入生を紹介する!!」
「「「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」」」
            「「「──ふんっ、何よ男子達。ばっかじゃないの?」」」
「くぅ、このセリフ一度言ってみたかったんだよなぁ……じゃあ、入ってきて」

「はじめまして、ヨツカドです。……えーっと、次は何て言うんだっけ?」

───ガタンッ!
「──お、お前何でここに──っっ!!」
「あ、思い出した。……こほん。──あーっ、今朝のパンツ覗き──」
「覗いてないっっ!!」
「ちょっと、どういうことか説明してもらいましょうか」
「うわっ、小林! 俺は無実だ」
「きゃー、ゆっきー怖ぁい♪」
「え、席はアイツの隣? えー、最悪ぅ 何でアンタの隣になんか」
「ちょっと小娘、なに勝手に人の机を脇に押しやろうとしてるのよ」
「転入生は隣の席と決まってるんですから、仕方ないじゃないですか」
「誰がそんなこと決めたのよっ! って言うか、何でこいつの隣なのよ!」
「えーっと……宇宙意志? もしくは若き情熱のリビドー」
「こ、小林、落ち着け。おまえも黙れっっ!!」
「──むっふふ〜。さーて、次はどんな噂を流そうかなぁ……」
「こらっ、アンタもこのヨツカドとかいう馬鹿に何か言ってやりなさいっ!!」
「むっふっふ……って、あ、えーっと、二人とも仲良くしなきゃダメだよ♪」
「おーい、そろそろHRの続きを……出席を取るぞ、相川、浅沼、石井……」
「何よさっきから小林さんとやら、ごちゃごちゃと。こいつの恋人なわけ?」
「──なっ、だ、誰がっ! そういうアンタこそ、こいつが好きなわけ?」
「えっ!? わ、私は別に、こんな奴のこと好きってわけじゃ……」
「じゃあ何でこんな奴に付きまとおうとするのよ!」
「それは──……私の探してるものが、きっと──この近くにあるから」
「……何それ? ちょっと、何アンタまで笑ってるのよ。説明しなさいよ!」