十五年後の再開

410 名前:ある男の見解。 ◆VC3/0IaBbQ :2006/05/07(日) 23:14:50 ID:h6fc3Bd70
ふぅ・・・下手糞が下手糞なりに心を込めて書き上げました。
ttp://book.geocities.jp/aru_otoko_no_kenkai/hazimetenotsunderei.txt
どうぞ・・・目に毒ですがお読みください。


 季節は、夏。
「はぁ・・・一人暮らしだ」
 今日はこの部屋に引っ越してきた初日。高校二年生にしてやっと念願の一人暮らし。
 ・・・いや、念願ではないかもしれない。
 と、いうのも俺がこの部屋に引っ越してきた理由は大学生の彼女と別れたからだ。
 今まで俺は彼女の家で同棲生活をしていた。
 だが、つい先日その彼女と別れ、当然彼女の家から出る破目になり、ここにきた。
 まぁ、この部屋ははっきり言って申し分がない。
 かなり格安だし、そして広いし、何より風呂とトイレ付き。とどめは冷暖房だ。
 近くにお墓があるのが凄い傷だが、まぁ、それを除けばもう最高だ。
 俺のようなバイトで稼いでいる高校生には夢のような立地条件。
 そんで、今日は引越しもとい彼女と別れた記念でこの部屋にて飲み会を開いた。
 むろん、俺たちは二十歳未満。法律に反している。が、知った事じゃない。
 それよりも仲間数人が入ってもやや余裕のあるこの広さ。
 ああ、なんて素敵だろう。こんな部屋に高校生が住めるなんて夢のようだ。
「いぇ〜い!!」
「ぱんぱかぱ〜ん!」
「きぃたよきたきた、福がきた〜!」
「私って綺麗かーっ!!」
「レイポンッ!!」
「紅い着物の女の子〜!!」
「祠のミカド〜!!」
「全部大好きだぜー!!」
「いぇ〜い!!」
 とにかく途中から何が何だか解らなくなるぐらいの、どん!ちゃん!と大騒ぎ。
 近隣の方のお叱りが来るまで俺たちはただ馬鹿みたいにはしゃいでいた。
 皆、が帰った後。
「ふぅ・・・」
 当然、それだけ騒げば疲労が溜まる。体は重く、妙な空虚感を感じていた。
「ふあ・・・ん〜・・・すー・・・すー」
 結局俺は、やってきた睡魔が降ろした刃に狩られ、そのまま寝てしまった。
 この時ははっきり言って定説が頭に無かったから結構無防備だった。
 安い物件には、何かがある。という定説の中の定説。
 
 そして―――深夜。

 キィン・・・。
「うぁ・・・っ!」
 それは当然のようにやってきた。
 俺は酷く嫌な感覚に強く捕らわれていた。この感覚に、慣れているとはいえいつまでたっても嫌な感覚だ。
 幼い頃から、俺の目は異形やら異質な存在やらを見る事が出来た。いわゆる、霊感だ。
 声も聞く事が出来る。近くにお墓があるこの部屋は当然、凄い事になっている。
 じつは今日も引っ越してきた早々に窓の外から何人か出たり入ったりしていた。
 俺が感じているのは、強い霊が近くに居るという悪寒だ。
 冴えた空気。尖った冷たさ。鋭利に透けた気配。
 ぴん・・・。
 糸が張られたように、その場は張り詰められていた。
 ―――出て行け。
「・・・!」
 声は頭に直接響いた。
 霊感生活十六年以上経過している俺でさえ恐怖を覚える程の畏怖。
 その声は軛。俺の体が全く動かない。金縛りだ。
 しまった。そう思った時にはもう遅い。
 経験から言って緊張すればするほど、金縛りを掛かり易くするのだ。
 言ってしまえば、冷静になれば振りほどける。
 だから冷静になれ、と自分に言う。
 ―――出て行け。
 声が響く。心臓はまだバクバクしている。
 視界に靄が移る。霞んでいるそれはだんだんと姿をなしていく。
 ―――出て行け・・・。
 それは女の子のようだった。年は俺より幼いように見える。十四、五歳ぐらいか。
 着ているのは、和服のようだ。何となく少し古い霊だと解る。昭和時代ぐらいだろうか。
 髪の毛は長く、前髪の隙間から見える目は明確な恨みを表現している。
 ああ、よく見たら結構可愛い・・・。
 ・・・と、ここでこんな冷静に分析している自分に気付いた。
 これなら、多分金縛りを振りほどけるはずだ。
 俺は少しだけ身をよじった。よし、ほどけた。
「嫌だね」
 俺はすぐさまそう言った。
「へっ・・・!?」
 途端に周りを包む空気が裂け、普通の状態に戻るべく正常な空気が流れ込む。
「な、なんでよ! 普通は怖がって出て行くものでしょ!?」
 ふと、目の前の女の子は素っ頓狂な声を上げて怒り出した。
 俺は暫く呆然としていた。が、すぐに我を取り戻し
「どんな理屈だ、それは・・・」
 と思わず、俺は呆れて苦笑いを浮かべる。
「わ、笑わないでよ!」
「ああ、すまんね」
 さっきの雰囲気は何処へやら。俺の心から畏怖の感情は欠落していた。
「と、とにかく出て行って!私の土地なの、ここは!」
「悪いけど今此処は俺の部屋。ついでに此処に住むことに決めてるからさ」
「あっ、そう・・・って、ちょっと、こら!人の土地に勝手に―――!」
 ああ、やばい。長くなりそうだ。明日も学校早いし相手にしてられない。
 さて、どうするか。決まってる。こうなったら、もう無視に限る。
「明日、俺学校早いから、起きれなかったら困るし寝るね」
「えっ? えっ! えっ!?」
「おやすみ」
「ちょっ! まだ話終わって・・・・―――」
 布団敷いてないせいで畳の硬さが痛いが、睡魔がそれを上回っていた。
 だんだん、意識が飲まれていく。

 翌日。
 誰かに揺さぶられるような変な違和感を感じて、俺は目を覚ました。
「・・・・・」
「・・・・・」
 視界に映る和服。
「・・・・・」
「・・・・・」
 視界に映る黒くて長い髪。
「やぁ、おはよう」
「えっ・・・あ、お、おはよう」
「触れるんだ、人に」
「触れるのよ、物に」
 俺は上半身を起こした。俺に掛かっている掛け布団が一緒に捲れる。
「ありがとう」
「い、いきなり何よ!」
「布団、掛けてくれたんだろ?」
「別に・・・私の土地で風邪引いてうめかれても困るし・・・その・・・えっと」
 なんでだろう。幽霊らしい白い肌が赤くなっていくように見える。
 ああ、そうか。照れているのか。
 それが解った俺は少しだけそれが面白くてちょっと笑った。
「あと、起こしてくれてありがとう」
「昨日私のせいで少し遅くまで起きてたし、それで私のせいで遅刻されたら困るし・・・。
 で、でも、貴方の為じゃないからね! 私自身のためだからね!!」
 紅の掛かった頬が更に染まる。
 面白すぎた。と、言うよりも純粋過ぎて凄い新鮮だった。
「はいはい、そうしておくよ」
「そうしておく、じゃないの! 実際、そうなの!」
「はいはい。あ、自己紹介がまだだったな。俺の名前は鈴木祐一。よろしく」
「自己紹介なんていらないわよ。どうせ、すぐ追い出すんだから」
 俺は名前を聞きだす方法を考えた。これだけムキになる性格だから・・・あ。
 たった三秒。
 良い作戦を考えた。
「そうか。じゃあ、ピヨピヨって呼ぶね」
「はぁ!? 私にだって五味桜って名前が・・・あ」
 予想通り。
 突然提案された変な名前を嫌がって名前を勝手に吐き出してくれた。
「正直な性格だね、桜」
「な、名前で呼ぶなー!!」
「じゃあ、ピヨピヨ。気に入らないなら、ピヨリンでも良いぞ」
「むっ、なっ、えっと、ちょっ・・・もう!桜で良いわよ!」
「じゃあ、俺は祐一でよろしく」
「だ、誰が名前なんかで・・・あんたなんて、超猛烈アホンダ―――」
「さて、学校行くか」
「あっ! 無視するな!」
 叫び声を俺は完全に無視。
 玄関に向かうとお墓から迷い込んだという子供の霊が居た。これだけ近いのに迷うとはどういう事だか。
 俺は墓地の位置を教えると急いで部屋を出て、すぐに携帯を取り出した。

 俺の通う高校はすぐ近くにある。徒歩なら、まぁ、十五分って所だろう。
 はっきり言ってうちの高校は変なのが多い。
 変に科学に詳しい渦巻きメガネの奴とか、いつも猫に囲まれている奴とか、
 毎日犬に追い掛け回されてる奴とか、貧血で倒れ易いくせに運動神経が良い奴とか。
 まぁ、俺も霊感持ってる時点でその仲間内に入るだろう。
 そして、もう一人とある同級生の女子が霊感を持っている。
 色々と相談出来るのだが、その性格が厳しい。いわゆる不思議ちゃんだ。
 なんと言っても、浮遊霊と平気で話すし、たまに変なのを連れて歩いてるし。
 俺とそいつにしか見えないそれら。一般人から見れば独り言にしか見えないだろう。
「おっはー!」
「ああ、おはよう」
 で、このおはスタや慎吾ママみたいな挨拶する奴がそいつ。
 名前は黒澤巫子。物凄く黒い髪、何処見てるんだか解らないくりくりの黒い目。
 もう語れば語る程怪しさが湧いて増える奇々怪々な奴だ。
「で、いきなり相談事があるなんてどうしたの?」
 件名・相談あり
 本文・校門にて待て
 と、表示された携帯を取り出して俺に見せる。 
「ああ、ちょっとな。教室に移動しながら話さないか?」
「うん」
 俺と黒澤は教室へと向かい歩き始めた。
「今度引っ越してきた部屋なんだけどさ」
 ・・・・・。
「って、わけなんだ」
「ふぅん・・・思春期には大変だね」
 俺は軽くチョップでツッコミを入れた。
「アホ。そういう事じゃないだろ。ほうっておいても平気かどうかだ」
 こいつは、はっきり言って俺よりも詳しい。
 その世界を見たり聞いたりする年月はほとんど変わらない。
 が、こいつは自分から色々と関わっている分、霊に対する知識が数倍豊富だ。
「ん〜、でも害が無ければいいじゃない?」
「そんなもんか?」
「そんなものだよ。大丈夫。きっとその子は優しい筈だから」
「そうかねぇ・・・」
「だって、無防備に寝ていた貴方をそのまま憑き殺すことだって出来たんだから。
 それをしなかった、って事は根は優しいって事じゃない?」
 なるほど。確かにそうだ。
「そう、か・・・。お前が言うならきっと大丈夫だろうな。うん、きっとじゃなくて絶対」
「くすくすっ。私、凄い信頼されてるんだね。なんか嬉しいな」
「ってな訳でこれからも相談事に載ってくれよ、黒澤さん」
「はいはい。喜んで」
「よし、今日は学食奢ってやる」
「やったー」
 俺はそこで、自分が朝食食べてない事に気付いた。途中、購買でパンを買う事にした。

 帰宅。
「ふぅ〜・・・疲れた」
 俺は部屋に戻るや否やふにゃふにゃとその場に倒れこんだ。
 学校からそのままバイト。まぁ、生きるためには仕方が無い事だ。
 親からの仕送りがあるにはあるのだが、それだけでは足りない。
 で、バイトをしているわけだ。
 ちなみに仕送りは月二万円と何か様々、バイトで稼ぐ金は十万円で月々合計十二万の収入。
 家賃は六万円、食費・光熱費は四万で抑えるつもりだ。余った二万円は貯金だ。
 今日のバイトは辛かった。突然、もう一人のバイトが病気になってしまったからだ。
 代わりが来るまで俺は一人で二人分をこなす必要があった。 
 おかげで今月は少しだけ給料が増える事になった。しかし、本当に疲れた。と、
「・・・ん?」
 匂いだ。物凄く良い匂い。
 俺はふらふら立ち上がると、ふらふらと匂いのする方角へ彷徨った。
 味噌汁の匂い。他にも何かの芳しい香り。
 とんとんとん。
 まな板と包丁が奏でる軽快なリズム。
 そのリズムに合わせて聞こえてくる古臭い雰囲気の鼻歌。
 後ろ髪は腰下まである。ああ、間違いない。
「桜」
「あ・・・」
「・・・」
「・・・」
「ただいま」
「お、おかえり・・・」
 桜だ。和服にエプロンというのはマッチしている。っていうか、割烹着みたいな感じだろうか。
 桜には、それが凄く似合っていた。
「な、何よ」
 俺の視線に少しだけ紅くなる桜。
「いや・・・ただ桜ってその格好似合ってるなーって」
「えっ・・・そ、そう?」
「うん。家庭的な感じがして凄い可愛いよ」
「えっ・・・あ、そう・・・あ、ありがとう」
「で、何してるんだ?」
 突如、はっと息を飲む桜。そして、自分の頬を軽く叩くと
「見れば解るでしょ!お腹が減ったの!」
 と、いつもの調子に戻って突然怒った。
「へぇ、幽霊も腹減るんだ。・・・に、しては量が多いな」
 そこにあるのは明らかに二人分の量だ。
「つ、作り過ぎたの! 余ったから、えっと、その・・・あ、あげるわ!」
 そう言いつつちゃっかり皿が二つ用意してある。
 最初から二人分作るつもりだった、と容易に判断できる。
 素直になれない子なのだろう。なんとなく理解出来た。
 だが、その発見を俺は敢えて言わなかった。
 言ったら言ったで可愛い反応が見れるのだろうけど。
 とりあえず、出来上がった料理を一口。
「・・・美味い」
 思わず口から出た言葉。それはお世辞ではなく本音だった。
 玉子焼きは砂糖と塩のバランスが良く、丁度良い味。
 味噌汁は完璧に計算された濃度で溶かされている。
 サラダに掛かっているのは明らかに桜のオリジナル。これがまた凄く美味い。
 俺の言葉を聞いた桜は一瞬物凄い嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
 が、すぐに笑顔を引き出しに戻すかのようにしまうと
「私が作ったんだから美味しくて当然でしょ!そんな事言ったって何も出ないわよ!」
 と怒り口調で言ってきた。その顔は物凄い真っ赤だ。ああ、なるほど。
 どうやら突然キレるのは下手な照れ隠しのようだ。知れば知るほど可愛らしい奴だ。
「はいはい。何も出なくても良いさ。こんだけ美味い飯を食べさせて貰ったんだから」
「な、何よ。そんなに食べたいなら毎日作ってあげても良いわよ?」
 言葉が滅茶苦茶だ。食べたいだなんて俺は言っていない。でも、俺はその提案に凄い満足していた。
「凄い嬉しい。毎日作って」
「え・・・ああ、し、失敗してもちゃんと食べてよ」
「もちろん」
 そんなこんなで、あっという間に平らげてしまった。
「ご馳走様でした。さて、じゃあ食器は俺が洗うよ」
「え、良いよ別に・・・私がやるから・・・」
「いやいや、俺がやるって」
「私がやるの!」
「俺がやる」
「私!」
「俺」
「私!!」
「俺」
「私!!!」
「・・・・・」
「・・・・・」
 何ムキになってんだ、桜。あ、俺も人の事言えないか。
 ここはおとなしく譲ってやった方が良いだろうか。
「解った。じゃあ、任せるよ」
 その瞬間、物凄く桜の顔が輝いたのは俺の気のせいだろうか。
 いや、気のせいではないだろう。何がそんなに嬉しいのか俺には解らないが。
「んじゃ、その間に俺風呂入ってくる」
 風呂と言っても光熱費削減の為に、シャワーのみ。
 毎回沸かさないといけないので風呂桶にお湯は溜めない。
 そして、シャワーは流しっぱなしにしない。とにかく、節水を心掛ける。
 あ。今、鏡に血まみれの若い男が映った。けど、気にしない。
「ふぅー・・・さっぱりした」
 腰にタオルを巻いて風呂を出る。
「ちょ、ちょっと!」
「ん?」
「なんて格好で出歩いてるの!」
 見れば、物凄く顔を真っ赤にしている桜が居た。
 俺はてっきりタオルがずれているのかと思って慌てて確認したがずれていない。
「え? 腰にタオル巻いてるし、大丈夫じゃない?」
「そ、そうだけど・・・って、そうじゃない!女の子の前なんだから少しは気を使ってよ!」
「んー・・・そうか。解った」
 女心は奇々怪々。これくらいなら大丈夫だろうに。
 まあ、女からすれば男心も奇々怪々なのだろうけど。
 俺は着替えを手に取ると脱衣所に戻り、素早く着替える。
「これで良い?」
「さ、最初からそうしなさいよ」
 俺は、いつものように笑った。
 後に聞いたら男の裸が見慣れていないからだとか。
 で、下半身をタオルで隠しても上半身が見える恥ずかしかったらしい。
 ちなみに俺が笑いを堪えきれずプッと吹き出すや否や怒ったのは言うまでもない。


 こんな生活を続けてもう六ヶ月位過ぎただろうか。
 俺の誕生日まであと一ヶ月。つまり今俺は十六歳と十一ヵ月。
 季節はもう冬。
 朝になれば部屋の空気がとても冷たくなっている。都会に近いこの街でも寒いものは寒い。
 でも、冷暖房はつけない。光熱費削減の為に。
 ちなみに食費・光熱費一ヶ月平均は三万円。当初の予定四万円を二割五分も下回っている。
 わざわざ隣町まで自転車を飛ばしている甲斐があった、と俺は一人で感動していた。
 まぁ、それはどうでも良い。

 桜について色々と解った事がいくつかある。
 まず、桜がどのような霊なのか。
 結論から言うと、地縛霊のようで違う感じだ。
 本人曰く、どうやら俺の部屋からそう遠くへいけないらしい。

 続いて、桜の経歴について。
 こういう質の霊だからここらで死んだと見て間違いない。
 だが、図書館で調べるなんて事は面倒臭くて出来ない。だから、俺は近所の老人達から聞き込んだ。
 すると、複数の老人から一つ情報を聞かされた。その中でも物凄くそれについて覚えてる人が居た。
 ボケが進行してるらしいのだが、その時の日付は完全に覚えているそうで西暦1948年6月23日の事。
 それは殺人放火事件。その事件で一人の少女一人死亡したという。
 これだけだと放火で死んだように思えるが事件の概要は結構エグい。
 俺が住んでいたところには当時、五味というそこそこの金持ちの一家の家があったらしい。
 で、そこに仕えていたある男がへまをして首にされたらしい。腹が立った男は家に侵入。
 たまたま家に一人で居た当時十四歳だった五味家の次女、つまり桜を襲い、殺し、家に火をつけたのだという。
 想像して見ると酷くて残虐な事件だ。
 犯人の男はその後首を吊っているのが発見されたらしい。
 五味家は今もご健在のようだ。ちなみに大家さんの苗字も五味というらしい。
 大家に聞いてみると桜は大家の妹だったらしい。つまり、大家は五味家の長女なのだ。
 なんで桜の事知ってるのかと聞かれた時は流石に困った。が、そんな俺の様子を見て察したらしい。
「ああ、そこの部屋に出てるのね」
 的中だ。俺はついついその直観力についつい拍手をしてしまったのを覚えている。
 今考えればそれが普通では無いだろうか。
 殺人放火事件の跡地に建てられたこのアパート。そこに出る幽霊と言ったら桜しか居ない。そう考えるのが普通だろう。


「ん〜・・・」
「何渋い顔してるのよ、祐一」
 暫く物思いに老けていると桜が俺の顔を覗き込んでこう言って来た。
「いや、ただ考え事してただけさ」
「そんなの見れば解るわよ!」
 人の気も知らないでうるさいな。俺はお前の為に色々と考えてるのに。
 俺は言葉には出さないが少しだけかちんときた。だから反撃をする事にした。
 こういう悪態には凄く良い反撃方法がある。桜限定ではあるが効果はばっちりだ。
「そういや、お前の顔って近くで見ると可愛いな」
「え・・・」
 顔が一瞬にして真っ赤になる。そして、恥ずかしそうに笑う。
 それも一瞬ですぐに顔を真っ赤にしたまま
「何言うのよ、いきなり!」
 と、怒鳴りちらしてくる。俺はそれを笑う。
 とても良い反撃方法だ。我ながら自我自賛である。
 そして、その大きな声を無視して俺は眠る。
 睡魔に飲み込まれていく意識の中、墓場から「うるせーぞ!」と声がしたのが聞こえた。

 朝。
 カンカンカンカンカンカン!
 その日はフライパンをおたまで叩くというシンプルは騒音に俺は起こされた。
 結構、耳に残る。そして、頭がキーンとする。
「ん〜・・・おはよう、桜。行儀悪いよ」
「う、うるさいわね! わざわざ起こしてあげてるんでしょ。感謝しなさいよ!」
 相変わらずこんなテンポだ。
 今日も朝食を二人で食べ、俺一人で学校へ行く。
 本当にいつもと変わらない、朝―――の筈だった。
「・・・ん?」
 ただ、その日。俺は下駄箱の中に非日常的な物を見つけた。
 手紙のようだ。俺は開く。

 今日の放課後、体育館裏で待ってます。

「ちょっと待てや。誰か名乗れよ」
 俺は一人でツッコミをいれた。なんと寂しい光景だ。
「なんだろう。果たし状か、告白か」
 果たし状。そんなわけが無い。
 告白。誰か検討もつかない。
 まぁ、悩んだってしょうがない。ここは相談に乗ってもらうしかない。
「で、私のところにきたわけ」
 俺の席から少し遠い場所にある黒澤の席。そこで俺は頼みの綱に相談していた。
「そういう事。お前、顔は良い方だし詳しいんじゃないかと思って」
「私こういう沙汰は全然詳しくないよ。むしろ経験が無い」
「そうか」
 なんと、まぁ、見事にあっさり終わった。ああ、これじゃただの無駄足、
「でも、筆記は女の子だから果たし状じゃないと思う。告白の線の方が確立は高いんじゃない?」
 では決してなかったようだ。筆記だけで性別が解るとは羨ましい。
 まぁ俺も、なんとなくは解っていたんだけど。
 そして、放課後。
 俺は言われたもとい書かれていた通り、体育館裏に行った。
「・・・」
「あ、あの・・・」
 同じクラスの子だ。名前は斉藤だっただろうか。
 顔は、良い方だと思う。でも、あまり会話もしたことない。
 何の用かと訊こうと思ったその時、
「前から好きでした、付き合ってください!!」
「・・・・・・はい?」
 いきなり言われた。俺は、なんと言えばいいものか迷っていた。
 はっきり言って名前以外俺は何も知らないからだ。
「きょ、今日返事しなくても良いので・・・お、お願いします!」
 たたたた。駆け出して斉藤さんはいなくなった。
「今日返事しなくても良いって・・・言われてもなあ」
 今日は金曜日。ゆとり教育で土、日が休みなので会うのは三日後。
 っていうか、会話もしたことない人にいきなり言われても。
「んー、どうしたら良いものか」

 帰宅。
「んー・・・」
「あれ? どうしたの、珍しく物凄く悩んだ顔して」
 それは遠まわしに俺が悩みのない能天気だと言いたいのか。
 きっとそうだろう。こいつはそんな意図があるに違いない。だが、そんな事どうでも良い。
「ああ。俺、今日告白されてさ・・・どうしたら良いか迷ってるんだね」
 ぴくっ。桜の体が一瞬震えたのは気のせいだろうか。
「ふぅん・・・いいじゃない。お願いします、って言えば」
「なんとまぁ、あっさりと。そんなに簡単じゃないぞ?確かに可愛い子だったけどさ」
 俺は笑いながらそう言った。刹那、
「なら、良いじゃないの!二人で仲良くすればさ!!」
 怒ってる。何でか解らないけど、物凄く怒ってる。
「私だって、体あったら、生きていたら・・・」
「えっと・・・桜さん?」
 俺は、はっきり言って戸惑っていた。
 これは、今まで見てきたキレパターンのどれにも当てはまらないからだ。
 っていうか、むしろこういうのは暴走と言うのではないだろうか。
「何に怒ってるか解らないけど、とりあえずごめん」
「馬鹿、鈍感、愚鈍! もう知らない!!」
 と、突然桜が目の前から姿をふっと消した。
 墓場からたまに遊びに来る主婦の幽霊数人が「可哀想・・・やっぱ男は鈍いわね」と口々に言っていた。
 どうやら可哀想なのは桜のようだ。俺は責められているらしい。
 まぁ、確かに桜の目には涙が浮かんでいた気がする。俺がしか何かがとても酷いことだったに違いない。
 だから、怒って何処かへ行ったのだろう。でも、何処へ行ったのだろう。
 はっきり言って俺は桜がキレた理由が本当に解らない。
 そのせいで、俺は本当に能天気だったんだ。
 だから、ただのヒステリックだろうと俺は思っていた。
 だから、少ししたら帰ってくるはずと俺は思っていた。

 土曜日が過ぎた。まだ帰ってこない。
「・・・」
 流石に、不安だ。

 日曜日。外では雨が降っている。まだ、帰ってこない。
 今はもう夜の六時。
 七時。八時。九時。十時。
「・・・くそっ!」
 落ち着かない。
 落ち着かない。
 桜がいないだけなのに落ち着かない。
 もう会えないんじゃないかと思ってしまい、どうにも落ち着かない。
「ああ、もうっ・・・」
 ああ、こんなに部屋が広いなんて、凄く寂しい光景だ。
「ちっ・・・・・」
 俺は何も考えず、ただ衝動的に部屋を飛び出した。
 傘も持たずに冬空から降る冷たい雨の中へ。ただひたすら
「桜、何処だ!」
 と叫びながら。
 公園。駅。商店街。住宅街。神社。
 色々なところをただがむしゃらに走り回った。
 道を歩いている人々は俺を不思議そうな目で見ていて、たまに笑う人も居る。
 ああ、そうだろう。そりゃ、雨の中、傘差さずに走っているんだ。
 しかも大声で人を探しながら。当然奇異な目で見られるだろう。
 そんな事、俺にはどうでも良かった。
 何人もの人とすれ違った。
 何件もの家を通り過ぎた。
 何本もの道を突っ走った。
 でも、見つからない。桜が、見つからない。
「はぁ・・・はぁ・・・くっ、何処に行ったんだよ」
 俺はなんで自分が此処まで必死なのか解らなかった。
 なんの為。知らない。解らない。
 いや、解ってる。知ってる。桜の為。
 桜の為?いや、自分の為だ。
 俺があいつを欲している。どうしてか。決まっている。
 好きだからだ。どうしようもないぐらい。あいつの存在が、とても恋しい。
「くっ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・」
 泥んこ塗れのズボン。びしょ濡れの体。
 ひたすら走り回っていた俺は疲れてその場に座り込んだ。
「何処、なんだよ・・・」
 悲しくて、俺は泣いていた。
 夜の、誰もいないだだっ広い公園の中心。俺はただそこで肩を震わせて泣いていた。
 そう、馬鹿だ。ああ、鈍感だ。俺は、愚鈍だ。
 否定できない。俺は、確かにそうなのだから。
 あいつが同じ気持ちなんだと、今更解るなんて。なんて頭脳だ。
 だからと言って、今更自分を責めてどうする。どうにかなるのか。いや、ならないだろう。
 桜は、居ないんだ。
「・・・・・・」
 ザー。
 雨が地面を抉る音だけが聞こえる。
 ああ、なんて寒いんだろう。そりゃ、冬の雨は当然凄く冷たい。
 きっと、このままこうしていれば俺は間違いなく凍え死ぬだろう。
 なんて無様だ。大切な物ほど大切だと解らず、無くして気付くと言うが本当だ。
 もう、どうでも良かった。このまま、俺はここで眠りたい気分だ。
 言ってしまえば、俺はこのまま、死んでも、良いと思っていた。
 ザー。ばしゃばしゃ。
 ・・・。雨音に混じって水溜りを蹴る音がする。
 視界に和服の裾が見える。けど、その裾はこんな雨の中なのに全く濡れていない。
「な、何をやってるのっ!!」
 その怒号は、聞きなれた声だ。
「風邪でも引いたらどうするのっ!!」
 そう、こいつに会いたかった。物凄く。
「・・・さ、くら?」
「そうよ。たった二日で人の事忘れたの?」
「・・・良かった。会えた・・・」
 俺は立ち上がろうとした。だが、意識が朦朧として立ち上がれない。
 ばしゃ。
 俺の体はドロドロの地面に崩れ落ちた。
「ごめん。俺、動けそうにないや」
「え・・・ちょっと、何言ってるのよ!」
「動けるようになるまでちょっと待っててく―――っ」
 ああ、やばい。これは動けない。体が重い。霞む。視界が、霞む。
「え、どうしたの?しっかりしてよ!」
 桜が、泣いている? どうして? ああ、そうか。
 泣いているんじゃない。雨が降ってるからだ。
 ・・・違う。
 雨で桜は濡れない。だから、それは正真正銘、桜の涙だ。
 俺のために、こいつは泣いている。
「ねぇ・・・黙ってないで何とか言いなさいよ!」
 もう、その声は震えていた。とても震えていた。
 いつものように怒っているけど、顔はもう、くしゃくしゃにして泣いていた。
「何とか言え、か・・・。ああ、そうだ。言いたい事があった。桜、今更だけど・・・俺、お前が凄い好きだった・・・」
 意識が、離れていく。雨が暖かく感じてくる。
「ちょ、ちょっと!それ今どうして言うのよ!それに、それ私が言いたかった言葉なのに!
 あ・・・ってそうじゃなくて。あ〜もう!!」
 ああ、怒ってる。怒りながら泣いている。
「・・・・・」
 薄れて、いく、視界に、人影が、見え、た。
 視界がぼんやりとして、姿も形も見えない。
「――――」
「――――」
 そいつ、と、桜が何か、話してい――るけど解らな、い―――。
 ・・・・・・・。
 ・・・・・。
 ・・・。

「・・・」
 気付いたら、俺は白い部屋の中、白いベッドの上だった。
 鼻を突く薬品の匂い。腕に刺さっている点滴の針。
「・・・」
 なんだろう。酷く、虚ろな感じがする。
 窓から入ってくる日光が嫌に眩しい。
「あ、目が覚めた?」
 声を、掛けられた。
「黒澤? なんで・・・此処に? っていうか、何処だ?」。
「此処は病院だよ」
 なんで、俺は病院なんかに・・・あ、そうか。思い出した。
 確か、桜を探していて、倒れてしまったんだ。
「そうだ。桜に、会わないと・・・ぐっ」
 頭がずきずきとする。ちなみに体がだるい。
「インフルエンザらしいよ。疲労もあるし、安静にしないといけないってさ、お医者さんが」
「そうしたいけど俺、会わないといけないから・・・」
 謝らないといけないんだ。こんな所で寝てはいられない。
 歯を食いしばって俺は起きようと頑張る。その時、俺を制するように黒澤が言った。
「今は無駄だよ。今、彼女この世にいないもの」
「・・・え?」
 この世に居ない。どういう事だろう。あの世に行ったのか。
 となるとまさか、このままもう会えないんじゃ。
「まあ、そんなに暗い顔しないでよ。言ったでしょ。『今は』無駄だって。
 桜ちゃんからの伝言があるから言うね。『十五年、待ってなさいよ』だってさ」
 なんだろう。俺にはその十五年の意味が解らなかった。
 だが、なんとなく解る。きっと十五年経てば会いに来てくれるんだ、と。
「素敵な子だよね、桜ちゃん。公園にね、彼女が私を呼んだのよ。携帯を使って」
「あいつ、が・・・?」
 俺は黒澤に携帯を渡された。
 件名・助けて
 本文・お願い。助けて下さい。祐一が、公園です。お願いします。祐一を、公園にいるから。
 なんて、下手な文章だろう。俺はついついくすくすと笑ってしまった。
「ああ、素敵な奴だ。待ってやらないと、天罰が下っちまう」
 十五年、か。それは結構長いだろう。
 俺の今まで生きてきた時間と同じぐらいの時間。
 でも、待ってみようかと思う。
 それがどのような形でも。それが悪い形ででも、良い形ででも。
 俺は、ただ会いたい。


 そして、あれから十五年。
 俺は相も変わらずあの部屋に居る。
 部屋とも十五年。つまり大家とも十五年。結構長い付き合いだ。
 最近ではたまにミカンを貰ったり、たまに肩を揉んであげたりなんて今じゃ日常茶飯事だ。
 今、俺は大手企業に勤めている。ちなみに部長だ。異例のスピード出世と自他共に認めている。
 そんな俺が何故こうなのか不思議なのだろう。
 俺の家に知り合いが来る度に「なんでこんな家に居るんだ?」といわれる。 
 そんなの、簡単だ。俺は、了承したからだ。
 十五年待つと。
 待つ場所と言ったら此処しかない。
 ちなみに黒澤は今、芸能界で華々しくあの不思議キャラを発揮している。
 夏場になれば心霊特集でひっぱりだこだ。
 今でもたまに相談に乗ってもらっている。もちろん幽霊関係。
 たまに、逆に相談に乗ったりする。もちろん視聴者と出演者の関係。
「・・・」
 振り返る、この十五年。色々経験した。
 何回告白を断ってきた。いつの間にやら一匹狼と同窓会の席で呼ばれていた。
 就職してから続く、働く毎日。たまに病気でダウンしたりした。
 本当に、色々経験した。
「・・・」
 それは全てあいつのためだ。
 ぴーんぽーん。
 ドアのチャイムが鳴らされる。
「はーい、どなた様?」
 ドアを開けると、十五歳ぐらいの女の子が居た。
「・・・」
「・・・」
 一瞬誰か解らなかった。だがすぐに気付いた。そして理解する。十五年とはこの事か。
 背中には大きなリュック、手には色々と荷物の入ったカバン。
 前髪は、俺が知っているあの時より短い。でも、それ以外は何も変わってない。
 黒いコートを着て、茶色いマフラーして、地味なニット帽を被っている。
 吐く息は白く、寒そうだ。
「・・・」
「・・・」
 何と言えばいいだろう。まず今の気持ちからだろうか。
「俺はまだ、お前が好きなまんまだよ」
「なっ、何よ、いきなり・・・」
「俺はお前に会いたかった。この十五年をずっと待ってた」
「馬鹿。私が言いたかった事、全部言わないでよ・・・。
 今の私が産まれてから十五年間、何を言おうかずっと考えてたのに」
「ああ、悪い・・・俺、アホだからさ」
「・・・馬鹿、鈍感、愚鈍」
 怒ってる。
 怒りながら泣いている。
 そして、泣きながら笑ってる。
「ああ、そうだな・・・俺は馬鹿で鈍感で愚鈍だな」
 変わらない。ああ、変わらない。
 変わってない。何も変わってない。
「此処に来る事、今の両親には断ってから来たのか?」
「ううん。好きな人の家で暮らすって言って無理矢理家を出てきちゃった・・・」
「そうか。生まれ変わっても、相変わらず、滅茶苦茶な事をしてくれるね」
「な、何よ相変わらずって。私、そんなに態度悪い事してないわよ!」
 ほら、変わってない。
 とりあえず、言おう。
「お帰り、桜」
 一瞬、桜はきょとんとした。
 だけど、すぐにとびっきりの笑顔を浮かべた。
 そして俺に抱きついた。
「うん。ただいま、祐一」

 ―――ずっと変わらない。きっと変わらない。
 ―――うん。絶対に変わらないよ。
 ―――どんだけ地球が回っても俺達は変わらない。
 ―――うん。いつも私達は私達。
 ―――生まれ変わっても、ずっと二人は一緒だ。
 ―――うん。一緒だよね。
 ―――約束。
 ―――約束。


Fin