責任

606 名前:本当にあった怖い名無し :2006/04/08(土) 00:35:03 ID:uJ3yJOO+0
夜中の12時ちょうどに、洗面器に水を張り、明かりを消して
口に剃刀を咥えながら覗くと、水面に未来の恋人の姿が映る。
嬉しそうにそう話している幼馴染みを馬鹿にしておきながら、
気になって夜中にこっそりと、期待と不安を胸に部屋で試した。
12時が近づくが、当然水面は何も映さないまま。
目覚ましの秒針の音だけが規則的に時を刻む。
あと8秒……7、6、5──!? 水面が揺らぎだした。
ぼんやりとした像が、女性の顔を結び出す。あと3、2、1──っ!!

「──あっ、!」

思わず声を上げる。口から落ちる剃刀は水面を乱す。
まるで血のように、真っ赤に染まった水。
──そこで突然、意識が途切れた。

翌朝母に叩き起こされた俺は、こっぴどく叱られた。
部屋の真ん中で、洗面器の水をぶちまけて寝ていたせいだ。
服も濡れていたせいで、そのまま熱を出し、2日間寝込んだ。
そのせいか、水の向こうの女性の顔は記憶から消えてしまった──

607 名前:本当にあった怖い名無し :2006/04/08(土) 00:35:38 ID:uJ3yJOO+0
──とまあ、子供の頃の、そんな恥ずかしい思い出を語る。
「何つぅかね、俺も若かったわけよ。いや、今でも十分若いつもりよ?」
「……ふぅん」
興味があるのか無いのか分からないような相づちを打つ幼馴染み。
よくこうした馬鹿話をする間柄だが、こういう反応はいつものこと。
比較的クールな奴である──ただ、いつもと違い、俺を睨む右目は酷く険しい。
「……あれ? ……怒って、ます……か?」
危険(アラート)、危険(アラート)、緊急事態(エマージェンシー)!!
やばい、何だか分かりませんが、マジでヤバイ!
幼馴染みとして長く付き合ってきたが、こんな顔を見るのは初めてです!
まるで獲物を狩る肉食獣のように、右目が鈍い光を放つ。
上気した頬に、荒い息づかい、吊り上がる口元……
「ううん、そんなこと無いわ。むしろ喜んでるの」
言葉通りにっこりと笑う──怖い。笑顔が逆に怖い。マジ怖い。
「まさか“運命の人”が、こんな近くにいただなんて、ホント、驚いちゃったな」

すっ、と頬に伸びる白く細い指。
トレードマークともなっている、左顔を覆う髪の毛に指を絡ませる。
……そう言えば、彼女がこの髪型にしたのは、何時頃からだっただろうか。
幼馴染みの俺にも決して見せようとしない左顔。パンドラの匣。禁断の実。
「嬉しいな──まさかアンタだったなんて……」
どくん、どくん、どくん──心臓が警鐘を鳴らす。
見てはいけない。開いてはいけない。なのに瞳を逸らせない──!!
ゆっくりと髪をかき上げる。徐々に露わになる聖域。

「この傷を付けたのは──お 前 か っ ! ! 」

608 名前:本当にあった怖い名無し :2006/04/08(土) 00:36:44 ID:uJ3yJOO+0
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、ごめんなさぁぁぁい──って、あれ?」
……傷?
…………どこに?
まっさらな白い肌。綺麗な黒瞳を持つ左顔には、どこにも傷など見あたらない。
「……えーっと、傷なんて見あたらないんですが」
「何言ってるのよ! ちゃんと見なさいよ、ほら、ココ!!」
そう言って顔を超至近距離まで近づける幼馴染み。あわや衝突事故。
「──っっ! ばかっ、お前、いくら幼馴染みだからって近過ぎだって!」
「うるさいっ! よく見なさいよ、ほら、ここのとこ!!」
そう言って左の目尻を指さす幼馴染み。
よーく見ると、確かにそこには小さい切り傷の痕のような物が見える。
「──って、これかよ!!」
「これかよじゃ無いわよ! 女の顔の傷は一生物なのよ!!」
普段からは想像が付かないほど激しく捲し立てる彼女に、思わずたじろぐ。
「──お、女の子の顔に傷を付けたら、せ、責任を取らなくちゃいけないんだからね!!」
真っ赤な顔で叫ぶ幼馴染み。ヤバイ。何か無性に可愛い!

609 名前:本当にあった怖い名無し :2006/04/08(土) 00:38:19 ID:uJ3yJOO+0
──ふと思い出すのは、彼女のおばさんが子供の頃に語ってくれたこと。
幼い頃、遊び中に、何かの拍子に俺の肘が彼女にぶつかった。
怒る彼女に、そんなに怒らなくてもと反論する俺。それを窘めるおばさん。
『だめよ。女の子の顔に傷が残ったりしたら、ちゃんと責任をとらなくちゃ』
『せきにんをとるって、どうすの?』
『結婚して、一生幸せにしてあげなくちゃいけないのよ──』

「こらっ、聞いてるのか馬鹿っ!」
「は、はいっ!! 責任をもって、幸せにしますっっ!!」
「────っっ!!/// ///」
って、何言ってるんだ俺ぇぇぇぇぇぇっ!
「……お、覚えてたの? あの約束──」
ぼそり、と呟いた言葉は、混乱していたせいもあり、よく聞き取れなかった。
「え、悪い、何て言った?」
「う、うるさいうるさいうるさいっ! と、とにかくっ、責任取ってもらうんだからね!!」


──とりあえず罰として、次の日曜日に遊園地に全奢りで連れて行くことになった。
かなりの手痛い出費になるが、
「馬鹿、この程度じゃ許さないんだから。一生アンタから毟り取ってやる」
などと恐ろしいことを言う。何が恐ろしいって、やると言ったらホントにやる。

「アンタで良かった。誰に付けられたか分からなくて、本気で悩んだんだからね」
「え? うしろの、絶叫がっ、うるさくてっ、聞き取れない!!」
絶叫マシンの上、少しも怖がらない彼女は可愛くない。
「だーかーら、次は、アレに乗ろうって、言ったの!!」
そう言って笑顔で観覧車を指さす彼女。
風圧で流される髪、その下に隠れていた二つの黒瞳が、きらきらと輝く。