壁の染み

261 名前:たまねぎツンデレ ◆vSaTtgGg0. :2006/03/28(火) 13:37:04 ID:PRBBdBjf0
俺はひどく疲れていたんだ。
取引先からは切られ、会社からは減給をくらい、マンションに帰れば、空き巣…。
だから、なにもかも嫌になって会社を辞めてしまった。

ぼーっと家で壁だけを見ていたのさ。
これまでは、忙しくて家の中にいることはあまりなかった。
壁の染み、ひとつひとつが新鮮だった。思えば、気が狂っていたのかもな。

で、気がついた。どうも、壁の染みがいつも違うような気がする。
ジュディ(染みの名前)の位置が4センチづれているし、アナスタシア(染みの名前)も1ミリ移動しているような…。

あはは、これは面白い。どうやら俺の家の壁の染みは生きているようだ。

それからは、染みの観察が日課となった。

時々、夜寝苦しいときがある。で、ふと視線を感じる。
ああ、染みが俺を見ているな。そう思うと気にならなくなった。
こいつらは寂しい俺の相手をしてくれているのだ。ああ、ジュディやアナスタシアたちはなんてやさしいんだ。
寝苦しいが、一人の寂しさはない。それだけでましさ。
明日も観察してやるからちょっとそれまで寝かしてくれ…。




262 名前:たまねぎツンデレ ◆vSaTtgGg0. :2006/03/28(火) 13:38:06 ID:PRBBdBjf0

壁を観察し始めて一週間がたった。
ようやく、染みの動きがわかってきた。
こいつらはある一点むかおうとしているようだ。
じわ、じわと壁中の染みが集まり始めている。


2週間目。
染みがついに集まりきった。なんとなく人の顔に見える。俺は染みを手でなぞってみた。
そのとき、初めて俺は怖くなった。染みにおうとつがある。
まさか…。

俺は頭によぎった不安を振り払い、寝ることにした。
その日の寝苦しさは一層だった。
空気が重い。じめっとした汗が体中にまとわりつく。
目をうっすらと開いた。壁に自然と目が向く。そこには染みではなく、はっきりとした女の顔が俺を見つめていた。
「じゅ、ジュディか?」つい、呼びかけてしまった。
「…」答えはない。
「あ、アナスタシアですか?」口調が卑屈になる。
「…」答えはない…が、あ、ぶるぶる震え始めた。おこっているようだ。
すごく、怖い。
「あ…」気がついた。もしかして、出たいのか?
俺は、息苦しさを我慢しながら起き上がり、そいつの顔をなでてやった。
「明日まで待ってくれ。苦しいんだろう?」
ふっと女の表情が和らいだ気がした。すっと体が軽くなり、俺は…そのまま気を失った。



263 名前:たまねぎツンデレ ◆vSaTtgGg0. :2006/03/28(火) 13:38:38 ID:PRBBdBjf0

昼。隣人は仕事でいない。これなら音を立てても大丈夫だろう。
俺はホームセンターで買ってきたつるはしで壁を取り壊した。
中からは俺の想像したとおり…女がいた。
「…苦しかったんだな」俺は女に哀れみをこめて言った。
「そうよ、苦しかったんだから」「!?」答えが返ってきた。
壁の女はどう見ても死んでいる。ふと隣に気配を感じた。
「ほんっと、あんた頭おかしいんじゃない?」俺の隣には恐らく生前の姿だろう。壁の死体と同じ服装の女が立っていた。
「あれだけ異様な雰囲気の中、幸せそうに眠っているなんて」俺はこの事態に対応できずに口をパクパクさせていた。
「でも…ま、感謝してるわよ」そういって消えた。

それから、俺は警察に電話していろいろと事情聴取を受けた。
マンションに帰ると机に就職情報誌があった。
「…仕事しろってか…ありがとう」俺は女がいた壁に一人ごちた。
「ば、、、馬鹿、あんたのためじゃないんだから。な、なんとなく持ってきただけだから」
…まだ…いた。


俺はその後、きちんと就職した。
女を殺した犯人はすぐ見つかり、女も成仏した。
それからは俺は壁に線香を上げて会社に行くようにしている。

−END−