死後の街

805 名前:本当にあった怖い名無し :2006/03/06(月) 20:10:43 ID:6h268DHy0
「へぇ、こっちの世界にも街があるんだ。」
「当たり前だよ、ええと…ユウジ君…だったっけ?」
事故であっけなく死んじゃったボクは、担当の案内人にガイドをしてもらっている。

「なんだか騒がしいね」
「君の乗った飛行機が墜落したから、来客が多かったんだ。
 でもまぁ明日になれば静かになる。君の落ち着く先もすぐに決まるさ」

彼の話によるとこちらでは、最初の一年はこの街で共同生活を送りながらこっちの世界に慣れる事になっている。
その後、輪廻の道か涅槃の道かに判れる予備教育が行われるとの事だ。
一年後どちらの道に行くかは、生前の行い・死に方と、こちらの一年間での実績によって決まるらしい。
利他的な行動は煩悩の無い涅槃の道へ、利己的な行動は修行のため輪廻の道へ行く。
案内役の彼も、新人のガイドをボランティアでやっているんだとか。

それにしてもひどい混雑だ。まるで渋谷のセンター街の様だ(行ったことないけど)。
ボクの逢った事故だけじゃなく、昨今のたくさんの事件・事故・災害なんかで、
この街の人口はかなり膨れ上がったらしい。
案内役の人は慣れているようで身軽にすいすい歩いていくが、
実体のない行動には慣れていないボクは、彼を見失わないようにするだけで一苦労だ。


806 名前:本当にあった怖い名無し :2006/03/06(月) 20:11:08 ID:6h268DHy0
“ドシン!!”
何かが左足に、後ろから勢いよくぶつかってきた。
見ると、小学校に上がりたてくらいの金髪・碧眼の女の子がおびえた目で見上げている。
「キミ、どうしたの?」
「…………」
迷子かと思って話しかけてみたが、無言で胸にかかえた人形をきつく抱きしめる。
まぁ案内人がいないとボクも同じ迷子なんだけど……あれ?案内人がどっか行っちゃった…。

「キミも迷子なのかな?お兄さんも迷っちゃったんだw キミの案内をしてくれるひとはどこにいるの?」
「…………」
ボクの頼りない苦笑いで、女の子は若干さっきよりも警戒心を解いてくれたみたいだが、やっぱり無言のままだった。
この世界では言葉は通じるはずだ。現にボクの案内人だって黒人だったんだし。
ボクは案内人が戻ってきてくれることを期待したが、この混雑ではぐれてしまったらそれも難しいだろう。
この子にも案内人もいる筈だから、あわよくばついでに案内してもらおうかなw
「キミもはぐれちゃったのかい?」
「…………」
なるべく優しい声で話しかけたつもりだったが、女の子は無言の鎧を脱がなかった。


807 名前:本当にあった怖い名無し :2006/03/06(月) 20:11:26 ID:6h268DHy0
しばし見詰め合ったあと(といってもボクは薄ら笑いを浮かべてただけだけど)、
女の子は初めて重い口を開いた。
「………ミラ……」
「ミラ……ちゃん…? ミラちゃんって言うの?」
聞き返すと、女の子は小さくうなづいた。だいぶお近づきになれたみたいだw
やっと心を開いてくれた♪…などと思う間もなく、彼女は真剣なまなざしで唇に人差指をあてがった。
「……こっち」
いきなり踵を返したミラ…(ちゃん)はボクの手を引いて駆け出した。
「えぇっ?!」
「………うるさいっ…」
思わず驚きの声を発したボクに軽く睨みを利かせながらそういうと、
ミラちゃんはまたボクの手を引いていく。
仕方なしにボクはついていくしかなかった。

しばらく歩いていくと、かろうじて人ごみを抜けたところにこぢんまりとしたレンガ造り(風)の家があった。
それはうすい空色の土台に建っており、連なる他の建物や家よりもかわいらしく見えた。
ボクの手をとって歩いていたミラちゃんは、ボクの手を更に強く引っ張ると、
その家の、古めかしくも威圧感は感じさせない扉を開けた。

808 名前:本当にあった怖い名無し :2006/03/06(月) 20:29:58 ID:6h268DHy0
「ママぁ、おにいちゃん……連れてきたの!」
扉を開けてすぐ、奥に見えた母親らしき影にそう告げるミラちゃん。
「…おにいちゃん、入って」
なぜかさっきの仏頂面とはうってかわって、はにかんだような満面の笑顔でボクに中に入るように促す。
「う、うん…」
なんだかよく判らないながらも勧められるまま家の中に入る。
こぎれいでシックな内装は、ここが死後の街だという事を感じさせないものだった。

「あらあらまぁまぁ、ミラったらもう」
穏やかで人がよさそうな上品な笑顔をたたえながら、母親らしき人が応接室(?)に入ってきた。
両手でティーセットの乗ったシルバーのトレイを持っている。
「どうもどうもすみませんねぇ」
テーブルにトレイを置きつつボクを見やりながら、なんだか嬉しそうに女性は言った。
母親といってもかなり若い。大学卒業間近で死んでしまったボクと大差ないようにも見える。
ミラちゃんが6歳だとすると、10代で産んだのかな?
「ママ、今日からおにいちゃんと一緒に暮らそ?」
そう嬉しそうに話すミラちゃんは、街中であった時とは全く違う態度だw
「まぁまぁ、ミラったらw えぇと…」
「あぁ、ユウジと言います。今さっきこの街についた所で、街で案内の人とはぐれちゃったんです。
そしたらこのミラちゃんがボクを連れてきてくれて…」
ボクは軽く説明をした。ボクが話している間じゅう、ミラちゃんは嬉しそうに足をぴょこぴょこさせているw

814 名前:本当にあった怖い名無し :2006/03/07(火) 01:34:25 ID:kozTrcUe0
ボクが自分の話を終えると、「おにいちゃん♪」といってミラちゃんが呼びかけてくる。
本当にさっきのツンケンさはなんだったんだ?さっき逢ってから一時間と経ってないぞ?

でもまぁ好かれているなら悪い気はしないな。
ミラちゃんの呼びかけになるべく優しく答えていると、誰かがさっきの扉をノックもせずに開け放った。
背中を向けていたボクは、扉を開けた主を見るより早くミラちゃんの豹変振りを目の当たりにした。
生気にあふれていた表情は瞬時にこわばり、ボクの方に向けていた顔をぷいっと背けると
またあのおびえるような、見様によっては感情を押し殺しているような顔に戻り、
ティーカップを持って穏やかに座る「ママ」の椅子の後ろにさっと隠れてしまった。
来客は完全に眼中にないみたいだがボクの方を見るでもなく、その目は虚ろに床を見ていた。

来客は隣人らしかったが、「ママ」に隣家にも新しい同居人が増えた報告をしに来たようだ。
扉から中に入ってくるようなそぶりは見せず、「ママ」の方も特に構わず聞いていた。

良くある世間話も交えて、隣人が帰るまで5分もなかっただろうな。
だが隣人が扉を閉めて帰っていっても、ミラちゃんはしばらくそのままの格好でいた。

ちょっと混乱したボクは「ママ」に状況を説明してもらおうと「あのぉ…ミラちゃんって…」と言いかけた。
すると呼ばれたと思ったのか、いきなりまた「おにいちゃん!!」と叫んで飛びついてきた。
なんじゃそりゃw

戸惑いながらなでなでしてあげると、ほんのり赤くなりながらもじもじしている。


815 名前:本当にあった怖い名無し :2006/03/07(火) 01:34:29 ID:kozTrcUe0
すこしうちとけた気がしたので、ミラちゃんをあやしながら色々と聞いてみた。


まず、「ママ」はミラちゃんの母親ではなかった。
この街では(当たり前かも知れないが)家族そろって来る方が珍しいので、
先に来た人が後から来た人と暮らして色々なことを教えるのだそうだ。
その女性―ジュディさんという―は三ヶ月ほど前、ある事情で死んだという。ボクにその事情は教えてくれなかった。
元気な頃は保育士として働いていたし身内にも幼い子供が多くいたので、ミラちゃんを同居人と決めたようだ。
言われてみれば、その物腰は母のそれというより子供慣れした近所のお姉さんという感じだな。
年はボクより二つ上。ボクが言うのもなんだが、まだ若いのに…と不憫になった。

ミラちゃんのことは…じつはジュディさんも良く知らないらしい。
一ヶ月ほど前に例のボランティアで街中に出たところ、鼻息荒く「おにいちゃん」を探している少女を見つけた。
この街に来る前の記憶や「おにいちゃん」の名前などを聞いても全く答えず、ただただ「おにいちゃん」を探していた。
頼りなげに「おにいちゃん」を求めるのではなく確信を持って探すその様に、
理由は判らないが「おにいちゃん」がこちらに来るのはそう先のことではないだろうと思ったという。

だが一ヶ月一緒に暮らしてみて、どうやらその「おにいちゃん」は実在しないんじゃないかと思い始めていたらしい。
毎回話す描写がちがっているし(背丈とか)、ありえないほど多くの兄との出来事を語る。
そのくせ他の家族のとの出来事はまったく答えようとしない。
毎日街に立って「おにいちゃん」を探すらしいのだが、だれかに声を掛けるでもなくうろうろしているだけ。
確かに、兄が実在するなら似たような年恰好の若者に興味を示すだろうとボクも思った。
だからきっと、幼い子がよくする「見えないお友達」の兄バージョンだと思って、
最近では一緒に行っていた兄探しに、ミラちゃん一人で出掛けても放っておいた。
そうしたら今日に限ってふらっと出て行くのではなく、「今日、おにいちゃん来るね!」といってスパッと飛び出して行き、
ものの10分ほどでボクを連れて戻ってきたんだそうだ。
なるほど、それでジュディさんが突然の来訪者にお茶なんか用意しているのか。うむ、このお茶は旨いw


816 名前:本当にあった怖い名無し :2006/03/07(火) 01:34:35 ID:kozTrcUe0
きっと家庭が非道かったのねぇ、とジュディさんが切なそうに付け加えた。
劣悪な家庭環境からの現実逃避で「優しいおにいちゃん」に憧れているんじゃないか、と。
最初6〜7歳かと思ったが、実年齢はもっと幼いようだ。やっぱ欧米の子は大人びて見える…orz

「ここでの一ヶ月で楽になったのか、ホントに予感がしたのかは判らないけど、
あなたが同居すればミラも喜ぶと思うんだけど…部屋は心配しなくてもいいから…どうでしょうね?」
案内人とはぐれて右も左も判らないのだから断る理由があるはずもないw
むしろこっちからお願いしようかと思っていたくらいだ。
ミラちゃんはと見ると、自分の話題にはまったく興味を示さなかったくせに今は輝いた目でボクを見る。
小さな手でボクの腕を握り、頬にも赤みが増しているみたいだ。

「ええ、もしお邪魔でなかったら…」
そう答えるや否やミラちゃんの小さな歓声が上がり、彼女はボクの腕をつかんだまま何度も跳ねた。




ボクとジュディさんにしか心を開かない女の子と、穏やかで面倒見のいい年上の女性。
こうしてボクの死後の街での生活が始まった。