親友との約束

500 名前:本当にあった怖い名無し :2006/02/22(水) 01:37:07 ID:zVRNbdbK0
 わたしの幼馴染である舞、どんなときも一緒だった。
 これからも、いつまでも一緒にいようねと約束してた。
 その約束は今も守られている。
 そう、中学の頃に彼女が交通事故で死んでしまっても守られている。

 新しい企画の書類を手に階段を降りてるとき、背中に衝撃が走り天地が逆転、回転する視界の中では舞い散る書類と共に、あのときのままの姿の舞が見えた。
『あんただけのうのうと生きてる。許せない』
 脳裏に響く呪詛の声。済まない気持ち、不安感、そして、
「大丈夫か!?」
 がっしりとした胸板に支えられる安心感。
「まったく、しっかりしろよ……」
 苦笑する彼。この会社に入ったときからずっとわたしを支えてくれた先輩だった。

 説明のつかないトラブルと共に脳裏に響く舞の呪詛、そして彼のフォロー。
 自然と彼との距離は縮み、わたしの心に深く入り込んできた。
 舞がいた空間を見上げると、彼女は慌てふためいていた。
『相変わらずトロいわね。あ、いやその……ふんだ、どうして、どうしてよ、あんたをとり殺してやりたいのにどうしてこうなっちゃうのよ!』
 何もない空間に地団駄踏みながらぼやき消えていった。

501 名前:本当にあった怖い名無し :2006/02/22(水) 01:37:45 ID:zVRNbdbK0
 ある日、会社のPCがウイルスにでも感染したのかまともに作動しなくなり、データも滅茶苦茶に破壊されて社内は大混乱に陥った。
 彼女の気配に気づき振り向くと、案の定舞がほくそえんでいた。
『仕事失って路頭に迷うといいんだわ』
 そして彼女は消えた。
 実際、この騒ぎによって納期が遅れた。
 だが、これは僥倖だった。
 破壊されたデータは上層部の暴走による違法建築のものだったのだ。
 もし納期に間に合っていたら、それを元にとんでもない建物が作られ沢山の人生を狂わせていただろう。
 この問題は隠蔽しきれず会社は傾き、私も彼も人員整理のため退職することになったが、むしろ救われた気持ちだった。
 責任とるため社に残りトラブルの収拾という過酷な仕事に立ち向かう上司のおじさんが私と彼の肩をたたき、若いお前たちはまだやり直せると励ましてくれた。

 帰宅し、ベッドに寝転ぶ。
 これからどうしようか、考えねばならないことはたくさんあんるけど決して絶望的な気持ちにはならなかった。
『ああもう、どうしてあんたはそうして幸せそうなのよ!』
 振り向くと舞が仏頂面でいた。
 わたしは思わず彼女を抱きしめていた。相変わらず素直じゃないけど、それでもわたしのことを思いやり、支えてきてくれた大事な友達。
 幽霊のはずなのにわたしの腕の中にすっぽりと収まった、あのときのままの体格の彼女の感触を感じる。
 あのときから時が止まった舞。
 背を追い越し、大人になってしまったわたし。
 すっかり大人と子供という図式になってしまった親友同士のわたしたち。
 彼女に対するいとおしい気持ちは、頭をなでるという行為に向かってしまった。
 もう、あのときのようにはできない。
 それでもしばらくは素直に撫でられてくれたけど、すぐに跳ね除けられ、すっと彼女の体の感触が消えて腕はすり抜けた。
『ふん、子供扱いするんじゃないわよ! あの時はあたしのほうがずっと背が高かったのに!』
 そう憎まれ口をついて消えていった。なでなでされるのいやなら実体化しなけりゃいいのに。

502 名前:本当にあった怖い名無し :2006/02/22(水) 01:38:43 ID:zVRNbdbK0
 どうしよう、顔の紅潮が収まらない。
 下腹部から満ち足りた感覚が伝わってくる、どうしよう。

 なかなか再就職先が見つからないわたしと彼は、皮肉なことにハロワで再会した。
 近況を話しながらしとしとと冷たい冬の雨の中彼と連れ立って歩く。
 そのとき、傍を通りがかった車が急にハンドルを切り、わたし達に近づいてきた。
 車の進行方向には怪しげに微笑む舞が見えた。
 幸いすぐに車はハンドルを切り返し、ぶつかることはなかった。
 だが、水溜りに突っ込み跳ねた泥でびしょ濡れになってしまった。
 そして、彼の家は近くだというのでそこに向かい、なし崩し的に……。

 それを思い出すと、顔が赤くなるのを押さえられなかった。
『あーあ、あたしみたいに車に跳ねられて死ぬのがお似合いだと思ったのに』
 相変わらずの憎まれ口に振り向くと、案の定舞がいた。
 素直になれない彼女のサポートにはどんなに感謝してもしきれない。
 またも抱きしめ、撫でてやろうとしたが今度は初めから腕は空振りし、彼女の感触を感じることなく腕はすり抜けた。
 舞は一瞬寂しげな笑みを浮かべ、すぐにいつもの勝気な顔に変わる。
『いい加減、ドンくさいあんたをからかうの空しくなったからやめるわ』
「……え」

503 名前:本当にあった怖い名無し :2006/02/22(水) 01:39:22 ID:zVRNbdbK0
 そのときわたしは、彼女にこれまでにない変化を発見していた。
『正直、うんざりしてたのよ。行動のろいし、自分でものごと決められないし、自発的になかなか行動起こさないし、あたしがケツひっぱたいてやらなきゃダメだし。もう面倒見きれないわ。
 これまでの消え方とは異なり、形がぼやけ、揺らいでゆく。声も不明瞭になっていった。
 あるひとつの可能性、私はそれを悟ってしまった。
「……そうだね、わたし、もう大人なんだから自分でやらなきゃね」
『そうよ、あたしとちがってアンタは生きてて、大人になったんだから』
「……うん、わたし、しっかりしなきゃね」
『じゃ、あたしもう消えるから。悪かったわね、今までつきまとって』
 そんなことない、そう言いたかった。でも私の喉は言うことを聞いてくれない。
 いつのまにか舞の顔もぐしゃぐしゃに泣き崩れていた。
 そして舞の姿は更にぼやけ薄れていく。
 抱きしめ、撫でてあげたいけど手はやはりすり抜ける。
 そしてあいかわらず、声はかけられない。
 消える間際にふたたび舞は不敵な笑みを浮かべた。
『そうそう、言い忘れてたけど、あんたが彼とシてるときのアレに穴あけといたの。あんなさえない男のタネ埋め込まれて、一生を棒に振るといいんだわ』
「……え!?」
 わたしの質問も待たず、舞は消えた。
 フリーズしていたわたしの貧弱な脳ミソはようやく再起動し、思考を再開する。
「そうだね、もう、自分で決めなきゃ」

「ほら、パパに行ってらっしゃいしなさい」
「いってらっしゃーい」
 夫を見送ったあと、あの子は何かを手にし、とてとてと駆け寄ってくる。
「どうしたの? 麻衣」
「おかあさーん、ごほんよんでー」
「はいはい……むかしむかしツンデレラという……」
 止まっていた彼女の時間は動き出す。

 これからも、いつまでも一緒にいようね。

 あの約束は、今も守られている。