奇妙な同居人2

368 名前: ◆yRPaQTO9sg :2005/12/08(木) 14:14:06 ID:WiyM8vYv0
 カーテンからの眩い朝日に僕の目が開いた。二日酔いのせいか頭がひどく痛く、ぼさぼさになった頭を掻きながらゆっくりと起き上がる。深呼吸をして落ち着いた後、僕は昨夜の幽霊を思い出して部屋の隅に目をやった。
 あの女の幽霊はまだいた。部屋の隅で突っ立っていたまま寝てしまったのか、体育座りのような体勢で寝ている。幽霊も寝るのか、と僕は新たな発見と同時に微かな笑いがこみ上げてきた。「起こしちゃマズいよな」と、
僕は押入れから毛布を一枚、静かに取り出した。女の幽霊は腕を枕代わりにして、すうすうと寝息をたてて眠っている。その肩にそっと毛布をかけてやる。可愛い寝顔を横目に、僕はそっと身支度を整え、学校へ出向いた。

 学校から帰ると、いい匂いがした。隣が老夫婦の部屋からかと思いきや、匂いは僕の部屋から漏れている。一体誰が…。
 玄関に入るとすぐキッチンが目に入る。そっと鍵を開けて中を覗くと、そこにはあの女の幽霊がキッチンに立っていたのだ。たすきがけをして、その上から似合わないレースの付いたエプロンを着ている。
これで髪の毛を巻き上げていたら料亭の女将さんだな。横隔膜が落ち着くのを見計らって、僕は玄関を開けた。
「ただいま」
「あっ…こ、これは。ちょ、ちょっと小腹が空いただけなんだからねッ!別に夕飯を作っているわけじゃないわよッ!」
「わかったって。手伝おうか」
「い、いいわよッ!アンタが手伝ったら美味しくなくなっちゃうかもしれないし、つまみ食いしちゃうかもしれないし、それに…それに…」
 僕は焦っている彼女が可笑しくてしょうがないので、部屋へ入りジャージに着替えてくつろいでいた。
 ふと気が付いたが、僕は先ほどあの女の幽霊のことを彼女と表現していた。
 15分後、彼女は鍋を掴んでやってきた。僕はテーブルの上の邪魔なものを片付けて鍋敷きを引いた。
 鍋にはいい匂いを漂わせているビーフシチューが満杯に入っている。
「一人で食うには作りすぎじゃないのか」と、僕は口元を緩ませながら彼女に言った。
「つ、作りすぎちゃったのよッ!そ、その…食べる…?」
「ありがたくいただくよ。カレー大好きなんだわ」
 彼女は少しほっとした表情でシチューを皿に盛り始めた。


369 名前: ◆yRPaQTO9sg :2005/12/08(木) 14:14:29 ID:WiyM8vYv0
 テーブルの上に並べられた二つのシチューと、レタスをちぎってパルメザンチーズを振りかけただけの素朴なサラダ。何か物足りないと思った僕は、先日買っておいた安いワインを開けた。ついでにキャンドルまで立てて、僕は部屋の明かりを白熱球だけにした。
 もうじき陽が落ちる。うっすらとカーテンの隙間からこもれる夕日を尻目に、僕はグラスを持った。
「ほら、乾杯しようよ」
「か、乾杯・・・」
 重なるグラスから一滴の音が流れた。彼女ははにかみながらワインを一口飲み込んだ。
「ねえ、アンタ、なんでアタシのこと怖がらないの? アタシ、幽霊なんだよ」
「そりゃあ格好やしぐさを見てればわかるよ。だけどさ、僕、そういうの見慣れてるから幽霊ってよりも一般人となんら関わりなく見てるだけだよ。それに寺の息子だし。
 でもさ、初めて君の顔見た時は結構内心どきっとしたよ。だって幽霊のクセにあまりにも可愛いんだもの」
「……か、可愛いからっておだてても出て行かないわよッ!あ、アタシは自縛霊なんだしッ!」
「でもちょっとうれしかったよ、君が出てきたときは」
「え・・・?」
「一人って結構寂しいもんだよな。毎日こうして一人でメシ作って、一人で食って、一人でテレビ見て・・・。実家から出た時は憧れの一人暮らしに色んな想像してた。けど実際は想像してのと違ってた・・・。だからさ、俺、今日は嬉しいんだ。君と一緒にご飯食べれて」
「・・・・・・よ、よかったらコレから毎日一緒にご飯食べてあげるわ・・・・・・よ」
「マジで? 本当に?」
「う、うるさいわねッ!アタシだって・・・さ、寂しかったん・・・だから・・・」
 そういうと彼女は黙ってグラスを空けた。僕は嬉しい反面、彼女がこの世の人間だったら・・・と思った。
「ところでさ、名前、なんていうの?」
「あ、アタシは生きてた頃は・・・れ、レイっていう名前だった・・・」
「レイ? 幽霊になってもその名前ぴったりだな」
「う、うるさいッ!そ、それより早く食べないとさめるわよッ! お、おいしいんだからッ!」
 彼女の作ったビーフシチューはとても暖かく、そして少ししょっぱい。僕の嬉し涙だった。