無言電話

215 名前:きよ ◆ObyTEiOJ6Q :2005/11/30(水) 22:06:01 ID:FyCOCsG80
ツンデ霊系作家を目指して。




俺は去年の今頃、何日間も悪質な無言電話に悩まされていた。
「もしもし?」
「……」
「もしもし?」
「……」
 いつもはここで頭に来て電話を切ってしまうのだが……。この日だけは我慢できなくなって、思わず叫んでしまった。
「いい加減にしやがれっ!」
 すると受話器のむこうから、押し殺したような声が聞こえてきたのだ。相手が喋ったのはこれが初めてだった。
「……殺してやる……」
 その透き通るようでいて、哀しげな声に身の危険を感じた俺は、駄目で元々と警察に相談した。最近は、そういったストーカーの犯罪が深刻化しているためなのだろう。警察は詳しく話を聞いた上で、俺の家電に逆探知機を設置して、捜査をしてくれる事になったのだ。

 次の日もやはり、無言電話が掛かって来た。慎重に受話器を取り上げ、耳に押し当てる。
「もしもし?」
「……殺してやる……」
 昨晩のあの声だった。その瞬間、俺の携帯電話が鳴り始めた。相談した警察のナンバーだ。
「すぐに部屋から出なさい!」
「は?」
「逆探知の結果、電話はあなたの家の中からかかっています。犯人はあなたの家の2階にいるんですよ!」
「そうか……どうもありがとうございました」
「え……ちょっと、解ってるんですかっ! 貴方、危険なんで……」



216 名前:きよ ◆ObyTEiOJ6Q :2005/11/30(水) 22:09:04 ID:FyCOCsG80

 俺はすっと携帯電話を切り、電源も落とした。そっと受話器に語りかける。
「そこに居るの?」
「……え?」
 受話器の向こうから、戸惑った声が聞こえてきた。それはそうだろう。今まで彼女と話そうなんて酔狂な人間は、存在しなかったのだろうから。
「な……なによっ!」
「いや……少し話してもいいかな?」
「あ、貴方となんて話す事なんか、ないんだからっ!」
「そっか……残念だな」
「あ……でも……少しくらいなら」
 俺の落胆した声を聞いて、彼女は慌てて呼び止めた。やっぱりだ。顔も見えない彼女の慌てた表情を想像して、俺は少しだけ笑ってしまった。それが彼女に伝わったのだろう。彼女は気を取り直した風に、作った怒りを呟き始めた。

「で……な、なによ、話ってっ!」
「いや……どうして俺のところに電話してきたのかなって?」
「そ、それは……どうでもいいでしょ!」
「良くないよ。俺、ずっと電話待ってたんだ」
「うそっ!」
「嘘じゃないよ」
「うそよっ! だって……昨日、怒鳴ったもんっ!」
「それは……ゴメンよ。いつまでも君が声を聞かせてくれなかったから、思わず興奮しちゃってさ」
「……」
「君の事、もっと知りたかったから。声が聞きたかったから……」

 本当の事だ。だからわざわざ警察まで行って、正体を確かめたかったのだ。でもこうしてまた、話しかけてくれた。それだけで良かった。


217 名前:きよ ◆ObyTEiOJ6Q :2005/11/30(水) 22:10:24 ID:FyCOCsG80

「……どうして……?」
「ん? なにが?」
「どうして私のこと……知りたいの……?」
「……寂しかったんだ」
「……」
「寂しかったんだ。一人の家に一人で帰ってきて、一人で飯を食う」
「……」
「一人でテレビを見て一人で笑って、一人で寝る。寂しかったんだ」
「……知ってた」
「え?」
「貴方が寂しそうにしてた事……私、知ってた……ずっと見てたから……」
「だから電話、掛けてきてくれたんだ」
「……うん」
「だから君の事、知りたかったんだ。君も寂しそうな声してたから」
「……え?」
 戸惑ったような彼女の声。でも明らかに喜んだような声だった。
「……な、何言ってるのよっ! 私、寂しくなんか無いわっ!」
「そうなんだ」
「そうよっ! この部屋に住んだ男に、無言電話したりして、結構エンジョイしてるんだからっ!」
「そっかー」
「……寂しくなんか……だ、だいたい、私、貴方のこと、殺すっていってるんだよっ!」
「うん」
「怖くないのっ!?」
「怖くないよ」
「どうして! 殺すっていってるんだよっ! 生きてる貴方をっ! 死んでる私がっ!」
「死んでるとか生きてるとか、関係ないよ」
「関係有るよっ! だって私、怨りょ……」
「君の声、もっと聞きたいから。生死なんて関係ないさ」
「なっ!?」
 二人の間に沈黙が流れた。きっと彼女は、赤面しているんだろう。今の俺と同じように。


218 名前:きよ ◆ObyTEiOJ6Q :2005/11/30(水) 22:10:58 ID:FyCOCsG80
「……ふ、ふんっ! やってらんないわっ! 今日はもうおしまいっ!」
「そうか……残念だな」
「……あ、明日も電話の前で待ってなさいよっ!」
「また電話してくれるの?」
「と、当然でしょ! 殺すまで電話……話し続けてやるんだからっ!」
「そうか……ありがとう……」
「ふ、ふん!」
「おやすみ。また明日」
「……きちんと暖かくして寝なさいよっ!」
「え?」
「いつも毛布とか蹴っ飛ばしちゃって、風邪とか引いても知らないからっ!」
「うん。ありがとう……」
「……お礼なんか……貴方なんて、殺してやるんだからねっ!」
 照れた怒声が、名残惜しそうに電話を切った。俺もそっと受話器を下ろす。

 それから俺たちの奇妙な生活が始まった。この恋がどんな結末を迎えても、俺は後悔しないだろう。俺も彼女も、もう一人ではないのだから。